五、魔境(1)

 次の日から、軍刀術の型はほぼ毎日訓練に組み入れられた。最初は文字通り、型の練習だけだったが、型が完全になると、次には重心の移動の仕方を教えられた。今どっちの足に体重が乗っていなければいけないか、とか、そういうやつだ。それが終わると、今度は呼吸の仕方を習った。どの動作の時に息を吸い、どこで吐くか、細かく指導された。この呼吸を正確に行うのは非常につらいものだった。なぜなら、動作が遅すぎて窒息しそうになるからだ。窒息しそうになりながらも呼吸の仕方まで覚えると、隊長は
「これは何も長生きする健康法のための特殊な呼吸の仕方ってわけじゃないんだぜ。」
と言って、型を行う速度を速めていった。
 俺はそれまで、型などというものは大して実用性のない準備体操のようなものだと思っていた。しかし速度を速めると、その動きのままで実用に供せる。隊長に教わる以前から、半月に一度は軍刀術の師範の指導を受けていたのだが、外見的な型をゆっくりやるだけで終わっていたのは何故なのだろう。俺達には覚えきれないと見くびられていたのだろうか。
 隊長は師範でもなんでもないのにどうしてそんな指導ができるのか謎だが、毎日一緒に過ごす人からみっちり教えてもらえるのはありがたかった。隊長は十代の頃から、張車騎が亡くなるまで八年間、張車騎の親衛隊にいたのだが、親衛隊員というものは一般部隊の隊員とは少々モノが違うらしい。俺はこれまでに、俺達が隊長に小馬鹿にされあしらわれる様を話してきたが、それは決して俺らが全然練度の足りないヘナチョコ隊員だからではない。隊長が異常にデキる戦士なのだ。指揮官としての力量はどうだか知らないが、匹夫ひっぷの勇を誇る一介の兵士としては、隊長のことを尊敬してもよいと思う。
 ちなみに、俺達がずっと張車騎と呼びならわしているのは、車騎将軍しゃきしょうぐん司隷校尉しれいこうい西郷侯せいきょうこう張飛翼徳ちょうひよくとくのことだ。そして、俺の部隊の将軍は、鎮北将軍ちんほくしょうぐん督前部とくぜんぶ丞相司馬じょうしょうしば涼州刺史りょうしゅうしし都亭侯とていこう魏延文長ぎえんぶんちょうだ。

 俺達が散兵戦で倒され泣かされうちひしがれてから五日ほど経った朝のことだ。凶悍きょうかんなる戦士韓英が楽しげに鍋の中に塩のようなものを入れている。俺達は無遠慮に鍋を覗きこんだ。
「何のお粥ですか?」
竜眼りゅうがんと栗と米。甘くしたぜ。」
「甘い粥がお好きなんですね。」
「いや、実は苦手なんだ。」
「え、なんで苦手なものをわざわざ作るんですか?」
「苦手なものを敢えて食べる快感。ちょっと鳥肌立っちゃったり。そんな刺激がたまらない。」
「ほんと悪趣味ですね。」
「へっへっへ。」



ページ公開日: 最終更新日: