五、魔境(8)

「お一人一つ、自分のを取ったら前の方に回して下さい。」
へえ、こんなの持ってきてたのかよ。何の変哲もない甘い飴だが、口の中でころころと転がしていると気が紛れた。舐め終わって再び退屈した頃に、
「はい、こんどは胡椒味。」
と、また飴の袋を渡された。どれどれ、ふむ、確かに胡椒味だ。旨いのだろうか。微妙だ。これを舐めたあと、水を飲むと旨い。甘露甘露。さて、また退屈してきた。と思っていると、
「はい、お次は山椒味。飴ちゃんはこれで終わりです。」
と、また袋を渡された。おお、確かに山椒だ。ふつうに甘いのだが、舐めすすめるうちにピリピリ。妙なもの持って来やがって。手作りだろうか。みんなこの変な味の飴たちについて旨いだのマズいだの変だのとおしゃべりをしている。どうして俺達がちょうど退屈をした頃にピッタリ話題を提供することができるのだろうか。超能力なんじゃあるまいか。
 夕方だ。あたりが薄橙色に染まる。涙が出そうだ。天地は悠久だ。世界は美しい。しかし人生は短い。貴重な一日が暮れようとしている。若い俺達は、どうして丸一日狭い桟道に閉じ込められて単調な行軍を続けているのだろうか。西漢水の水音かよ。もう沢山だ。いっそ洪水でも起こりやがれ。俺は窒息死しそうだ。誰のせいでこんなことになっているんだ。徴兵は人生の墓場かよ。どうしてこんなに行儀よく、列になって黙々と進んでいるんだ。隊長がしんみりと
「歌え。企喩歌きゆか。」
と言った。
  男児可憐虫……
男児は憐れむ可きの虫、門をづれば死の憂いを懐く。しかばねは狭谷の中にうしなわれ、白骨は人の収むる無し。……ってオイ、怖いよ! 俺達、ちょうど狭谷にいるんじゃん。なんて歌をうたわせやがる。黄昏時の淡い感傷は吹っ飛んだ。その後も隊長は延々と俺達にエグい歌をうたわせ続けた。辺りが真っ暗になり、身体的な疲労が増していく中、俺達は異常にたかぶった精神状態で歩き続けた。このままどこへでも行けそうだ。と思っていると、隊長が呑気な声でこう言った。
「ハイ、とまって~。本日の行軍ここまで。ここが折り返し地点の明月峡だぞ。」
う~ん、なにも見えないが……。月もない。このあたりは年中たいがい曇りなんだ。明月峡、か。あいかわらず西漢水の水音が聞こえている。もし満月でも出ている晩なら、月光が水面にきらきらしてさぞ美しいことだろう。しかし今日の俺達にとってはここまでの道中となんら変わりのない桟道の中の一地点に過ぎない。この晩はこの場所で就寝した。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: