六、貊炙(ばくせき) (5)

 みんな異常にピリピリしている。ゴミ一つ落ちていない。行動も迅速だ。服のほつれなんかも、夜なべして徹底的に補修済みだ。訓練中は、いつもなら「え~」とか言ってしまうような場面でも、俺達は何を言われても「ハイッ」とビシっと揃った返事をする。休憩時間が終わる前にはバリっと待機する。軍刀術の型は、一通りの動きをこれまでに教わっているので、習ったことを忘れず一つ一つ確実に動けばいいだけなのだが、いつもならついうっかり間違ってしまうということがある。しかし今日は全員異常な集中力で確実にこなす。……と、思っていたら、終盤にさしかかったところで隊長が一人の隊員に
「爪先と膝の向き、違うぜ。」
と言った。言われた瞬間にがっくりと地面に膝をつき落ち込む隊員。
「はい。……減点、一です。」
「いや、べつに、何度もやってくうちに体で覚えてもらおうという趣旨なんで、現時点でたまに間違うのは罪ではないんですけど。そんなに落ち込まないで下さい。減点するようなことじゃないっす。」
何故か丁寧語でかしこまって発言する隊長。今日は隊長も異常に緊張している。いつもはへらへらしているくせに、常になく眉間に皺を寄せて沈黙している。冗談一つ発せず、言うべきことしか言わない。寡黙でシブい男前の指揮官に見える。いつもこれでいいんじゃなかろうか。
 悪路の行軍の練習。一、二、一、二、はい、よくできました。隊列移動の練習。赤、黄。ズザザ。青、黒。ズザ。赤、黄、青。ズザザザ。はい、よくできました。……つまらない。異常な集中力で完璧にこなすわけだ。隊長は言葉少なに指示を出して、上手くできたら淡々と褒めてくれる。くたびれるばっかりだ。なんとなく意気消沈して一日を終える。
 翌日も同様に過ごす。日頃習い覚えたことを集中して完璧にこなし、人に褒めてもらう。これは本来嬉しいことのはずなのだが、徒労感ばかりがつのるのはどうしたわけだろうか。俺達がバリっときっちり行動するのは簡単なことじゃないんだ。スゲエがんばってるんだ。で、普通の人みたいに普通に褒めてくれるだけって、どういうことだよ。もっとなんか言い方ないのか。俺は恨みがましい目で隊長を見る。いつも通り身近に控えているにもかかわらず、まるで遠くにいる人のようだ。
 三日目、朝起きた瞬間からなんだか憂鬱だ。腹まで痛いような気がする。みんなの集中力も切れてきた。軍刀術で、何度も直されている箇所を直される者が続出する。隊長は嫌味の一つも言わず淡々と指導する。おしゃべりなくせに、なんでめいっぱい我慢してるんだ。ここまで根性があるとは思わなかった。そんなに罰金払うのが惜しいのかよ。このケチんぼ。俺の腹の中は隊長に対する恨みで一杯だ。寡黙でシブい男前の指揮官なんて、三日で飽きる。口の悪いへらへらしてる非常識な指揮官には、三か月で慣れるんだ。



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