六、貊炙(ばくせき) (6)

 その晩はもう寝る前から憂鬱だった。これから一晩ぐっすり寝て、明日の朝目が覚めて、また同じような一日を過ごすのかと思うと、涙が出そうだ。六百里のお泊り遠足で単調な道を延々と歩かされた時よりもへこんでいる。まじめにせっせとがんばるだけの日々なんて、俺には無理だ。……まじめにやるのがいやなわけじゃない。まるで火が消えたようだ。寂しい。
 四日目の朝だ。隊長はこの四日の間、楽しげに趣味の料理に打ち込むということが絶えて無かった。朝の日課を終えて隊長のところへ行くと、大抵は優雅にお茶を飲んでいるか、事務処理でもしていた。しかしこの日は部屋にいなかったので、どこへ行ったろうかと探した。探すのも憂鬱だ。顔を合わせたって、どうせ寡黙で退屈な男がいるだけだ。「ひゃっひゃっひゃっ」とか言いだしたいのをめいっぱい我慢してんのかなと想像すると、ちょっと笑えるが。
 隊長は厩舎にいた。自分の馬をぼんやりと撫でている。この馬はいつもなら隊長に触られるとちょっと嬉しそうにするのだが、今は迷惑そうにイライラした顔をしている。いつから撫でられているのだろうか。「いつまでやってんだよ、もういいかげんにやめてくれ」と言いたげだ。
「おはようございます。」
「おはよーう。」
なんだか気の抜けたあいさつだ。表情に生気が感じられない。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫そうに見えるか? 俺は発狂寸前だ。」
「っていうか軽く発狂してませんか? 表情がおかしいですよ。」
「う~ん……。」
腕組みして何か考え込みながらぶらぶらと歩いていく。馬は苛立たしげにドカドカと足を踏み鳴らした。
 朝礼の時に、隊長はみんなに向かってこう言った。
「みなさん大変ご立派でした。降参です。二千銭献上しますので、どうか勘弁して下さい。」
みんな一瞬、顔と顔を見合わせた。そして、飛び上がって喜んだ。隊長を降参させたことが嬉しかったというだけじゃないと思う。久々に隊長の高笑いの声を聞いた。
「ひゃっひゃっひゃっ、てめえらちょいとやる気を出しさえすれば、なんだってキッチリできるんじゃねえかよ。日頃力を出し惜しみしていやがって。人が悪いぜ。」

 その日は隊長からふんだくった二千銭で羊の肉を買い、隊長に焼かせてみんなで食べた。焼き方が上手いから旨いのか、それとも羊というものがそもそも旨いものなのか、俺には分からなかった。なにせ羊なんて生まれて初めて食べたんだ。泣けるぐらい旨かった。
 食べ終わった骨や食べカスを俺達が綺麗にきちんと掃除したことは、言うまでもない。



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