七、巨獣と競う(7)

 俺達は、やれと言われたことはキッチリやるんだ。たとえいかに疲労していても。しかし、限界というものがある。時々目の前が真っ暗になって旗の色が見えないんだ。動きが遅れると、周りの仲間とゴツゴツとぶつかる。とうとう折り重なって倒れた。慌てて立ち上がり所属を追いかける間に、移動中の他の連中と接触しそうになり混乱が生じる。何がどうなっているんだ。どっちを向いてるんだ。令旗はどこだ? 迷っている間に、整列の号令が出る。ありがたい。いったん元に戻ろう。俺達は騎兵の突撃をものともせず、キッチリ整列する。と、たちまち令旗が動き、またしても移動に次ぐ移動。もはや、俺達は騎兵なんか眼中にないんだ。号令通りに動くだけで必死だ。狭まる視界で必死に令旗を確認しながら動く。馬がすぐそばを走っているが、気にするゆとりはない。一歩間違えば踏みつぶされて死ぬ。しかし不思議と馬に衝突する事態には陥らない。俺達はひたすら、無心に令旗の通りに動いている。……と、思っていたが、ふと無意識になった瞬間に隊長の罵声が聞こえてきた。
「動け! 止まったら負けだぞ! 負け犬! 意気地なし! ゴミ! くず!」
人を罵るにももっと豊かな語彙があろうと思うが、隊長は知性のかけらも感じられない言葉を連発する。低劣な言葉の力はほとんど頭が真っ白になった俺達の直感にまっすぐに入って来る。なるほど、俺達いつの間にかぼんやり立ち止まっていたんだな。騎兵の突撃が近付く音がする。踏みつぶされたら死ぬのだが、怖いとも感じない。令旗の通りに動くことに集中する。ああ、なんて遅いんだ、この歩調は。これは歩いているとは呼べない。騎兵にまともにぶつかってしまう……。
「歌え! 泰運楽たいうんらく!」
なんでこんなに辛い時にそんなめでたい歌をうたわされるのかわけが分からない。疑問をさしはさむゆとりもなく息も絶え絶えに歌う。しかしこれが不思議と歩調を整えるのに役に立つ。おまけに、真っ白になった意識の中で、勝ち戦であるかのような錯覚を覚えた。いまや俺達は隊長の妖術によって意のままに動かされる生けるしかばねだ。この先いかに人間の限界を超えた活動を強いられたとしても、ひたすら号令の通りに動き続けるだろう。仮に心臓が停止していたとしても気付かない。たおれるきっかけがないのだ。

 隊長たち、二人とも馬鹿だと思っていたが、李隊長のほうがちょっとだけお利口さんだった。月が西に傾きかけた頃、韓隊長に近付くと、不機嫌そうな声で
「降参するんじゃないけどさあ、馬がね。」
と言った。韓隊長は理解ありげに静かな声で
「馬を潰すわけにはいきませんもんね。」
という舌の根も乾かぬうちに、勝ち誇った大声でこう言った。
「状況終了! お疲れ! はい元気よく歌いましょう、得勝回とくしょうかい!」
俺達が息も絶え絶えながら意気衝天で歌ったことは言うまでもない。李隊長は韓隊長のことを、さぞイヤな奴だと思ったことだろう。

 実戦でこんな厳しい状況見たことも聞いたこともないってくらいのワクワクする演習をやる、という約束を、隊長は守ってくれた。俺達はお馬ちゃんに体力勝負で勝った。わ~い、やったやった、勝った~! って、馬鹿かよ! なにやらすんじゃ、バッキャロー! くたばれ、韓英!



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