九、立ち聞き(4)

「しかしあれは笑ったね。素手でぶん殴ってんだもん。なんで? 手、大丈夫だったの?」
「騎馬戦のやりかたなんて知りませんもん。ああいう場合どうすればいいんですか?」
「刀でほこをはじけばいいじゃない。」
「なるほど。じゃ令旗は右手で持たないほうがいいですね。」
「アハハハ、なんの話? ふつう令旗を持ってる人のところまで敵兵が迫ってる時点でとっくに負けなんじゃないのオ? 自分で敵兵をやっつけるなんてありえない! 兵隊根性が抜けないねえ。」
面白そうに笑いながらもう一つお茶うけを食べる。
「ぶっちゃけ、部曲督ぶきょくとくって何やる人なんだかよく知らないんですよ。」
「えっ、それ問題発言! アハハハハ。」
「教えて下さい。」
「アハハハハ。三か月もやっといて、よく言うねえ。キミちゃんとやってると思うけどな。」
「回って来る文書をドカドカ捨てて、時々ブチ切れて怒鳴って、ふだんは兵隊さんとチャンバラごっこやって遊んでればいいんですか?」
「そうそう、そんなもんでいいんだよ。アハハハ。」
「真面目な質問だったんですけど。」
「実際の仕事は屯長がやってくれるじゃない? 屯長がちゃんと動いてるか見張っとけばいいんだよ。あとはちらっと将軍の鼻息でも窺っといて、同僚に足を引っ張られないようにしとけばいいんじゃない。」
「足を引っ張るような人いないじゃないですか。」
「アハハハ、おめでたい人だなあ。」
こんどは二ついっぺんにお茶うけを食べる。よほど気に入ったとみえる。
「ところでさあ、さっきから苦み走ったいい男が外からちらちらこっちをうかがってるようだけど、誰なの? 彼氏?」
隊長も外を見る。
「いえ、叔父さんです。」
「キミ天涯孤独の身の上じゃないの?」
「まんざら天涯孤独ってわけでもないんです。音信不通ですけど。」
「なんだかよくわかんないけどさ。音信不通なのに叔父さんがそこに来てるの?」
「いえ、あの人は『叔父さん』っていうあだ名の友人です。」
「アハハハ、紛らわしいねえ。じゃあオレこれで失礼するけどさあ、このお菓子もらってっていい?」
「どうぞ。ぜんぶ持ってって下さい。」
「また作ってね。」
「じゃ、こんど作って持って行きますよ。」
「こんどっていつ? 明日?」
「おっと、そうきたか。いいですよ。じゃ今日作って明日持って行きます。」
「冗談冗談。ほんと負けず嫌いだねえ。アハハハハ。ま、無理のないように。急がないからね。」
そうは言われても、隊長はきっと今日作って明日持って行くだろう。負けず嫌いなうえに、せっかちだ。



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