三十一、寝言(1)

 傍の迷惑かえりみず、真夜中に凱歌を歌いながら兵営に帰る。ま、この界(かい)隈(わい)には民間人はいないからいいけどさ。馬鹿集団の刀盾隊(とうじゅんたい)が帰って来た、って思われるだけだ。  隊長の部屋に入る。几案(つく …

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三十、春雨(1)

 日差しがぽかぽかと気持ちいい。桃の花のつぼみもふくらんできた。もう春だ。花の開く頃にはまた隊長が季節性ウツに陥るのだろうが、今はまだ時期ではないらしく、にこやかに朝礼台に立っている。 「今日は一つ面白いお知らせがあるぜ …

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三十、春雨(2)

 軍歌を歌いながらルンルンと山道を登る。くねくねくねくね。慣れたものだ。天気は気持ちの良い薄曇り。小鳥が楽しげにさえずっている。軽く汗をかきながら息も切らさずに登りきる。この軽々とした感じはなんなのだろうか。ひょっとして …

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三十、春雨(3)

 四日目。山の木々の香りも嗅ぎ飽きた。川の水音も聞き飽きた。やっぱこの行軍キツイっす。精神的に。朝から晩までおんなじ風景だ。そして、明日になっても夕方まではずーっと同じ風景だ。涙が出そうだ。  日が西に傾いてきた。しんみ …

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三十、春雨(4)

 暗くなった。松明を灯す。向こうにも南鄭(なんてい)の城頭の灯りが見える。すぐそこだ。もうどのくらいの間こうしているだろう。ちっとも近付かねえぞ。小休止のあと、動き出すのが一苦労だ。そして、歩き始めてすぐに、次の小休止は …

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三十、春雨(5)

 総身のだるさが消えた。腹の底から力が湧いてくる。おかしいよ、ぜったい。あんなちっぽけな飴一個で大の男に力が漲るわけないじゃないか。麻薬でなければ妖術に違いない。足腰の痛さは変わらないが、身体が軽量素材でできてる感覚が戻 …

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三十、春雨(6)

 またたく間に全員城頭に集合し、勝ち鬨(どき)をあげて意気揚々と飯を食う。旨いです。旨すぎる。春雨、伸びてないじゃないか。ちょうどいい。お肉の旨い汁をほどよく吸っている。  よその什に混じってご機嫌で春雨を啜(すす)って …

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二十九、弱卒(1)

 隊長の部屋はいつも扉が開けっぱなしだ。夏はいいが、冬場はこたえる。暦の上では春とはいえ、実家でぬくぬく過ごした後のこの寒さは骨身にこたえる。思わず隊長に 「寒いですねえ。」 と言ってみた。 「寒いなあ。」 「あれっ、寒 …

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二十九、弱卒(2)

「ほら、もっと押せ押せ! 力一杯! めいっぱい!」 「馬鹿かよ!」 「十人くらい集めてやりたいですねえ。」 「ギャハハハ、この勢いで十人でやったら誰か圧死するんじゃねえ?」 「ちょっと! 本気すぎ! 押し合いっこってこん …

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二十九、弱卒(3)

「ちゃんと名指しで言うんですよ。」 「そりゃあちょいとマズかねえか? もし愛してはいけない人を愛してる奴がいたら問題になるぜ。」 「そんな奴いますかね?」 「さあ。」 「あっ、まさか隊長……?」 「いや、それは違う。」 …

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二十九、弱卒(4)

「全然違う話になりますけど、去年月見をした時に、張屯長の奥様も隊長にちょこっと挨拶ぐらいはなさったんですよね。」 「まあ常識的な範囲内でね。」 「その時、隊長ってどんな感じだったんですか? なんか下品な冗談とか言ってまし …

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二十九、弱卒(5)

 翌日、張屯長が大声大会の司会進行をつとめている。隊長は不機嫌そうな顔で黙りこくっている。隊長は予選免除で、決勝のトリで叫ばされるらしい。お気の毒。俺は午前の部でめでたく予選落ちしたので、午後はボケ~っと耳をふさいで過ご …

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二十九、弱卒(6)

 薬を飲み終わってしばらくじっとしていたかと思ったら、おもむろに歩き始め、大声大会のほうに戻って行く。 「あのお、具合悪かったらもう休んだほうがいいんじゃないですかね? 常識的に考えて。」 何か言おうとして俺の方を向き、 …

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二十九、弱卒(7)

「体調不良のため出場資格なしです。ということで、よろしいですね。」 エエ~! と、みんな不満の声を上げる。隊長も不服気に眉を顰(ひそ)めている。俺は思わず 「そんなに参加したいんですか? どこまで馬鹿なんですか!」 と思 …

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二十九、弱卒(8)

「精神を鍛え直してくれる! とか言われなかったんですか?」 「言われないよ。優しく宥(なだ)めたり励ましたりしながら丁寧に酷使されたな。」 「うわぁ、なんか、面倒くさい兵隊ですねえ。」 「精神力ばっかりは鍛えて強くなるっ …

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二十九、弱卒(9)

「しっかし、弱いからいじめないで下さいとか、よく言いますよねえ。指揮官は常に威厳に満ちてなくちゃだめなんじゃないんですかあ? 俺の人格的な欠陥はみんなの努力で補うんだぜ、とか、そんなのおかしいですよ。常に自信と確信に満ち …

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