八十四、以食為天(食をもって天となす)(1)

 翌日、俺が起きた時には、隊長はルンルンと餅干(ピンガン)を焼いていた。俺はびっくりした。 「えっ、なんでよりによって餅干(ピンガン)?」 このあいだ、川の水で湿った最悪の餅干(ピンガン)を食ったばっかりなのに! 隊長は …

続きを読む八十四、以食為天(食をもって天となす)(1)

八十四、以食為天(食をもって天となす)(2)

「隊長は常に肌身離さずおやつを持ち歩いてるんですか? 身辺に食べ物を欠かしたことがないように見えますけど」 「うん。食べ物は欠かさない」 「どうしてそこまで食に執着するんですか?」 「食えれば死なねえって信仰の持ち主だか …

続きを読む八十四、以食為天(食をもって天となす)(2)

八十四、以食為天(食をもって天となす)(3)

「死ぬ気もないのに死んじまう。体力的に限界を超えるのは危険だな」 「体力の限界を越えたら死ぬっていうのはある意味当たり前のような気がしますけど」 隊長は再び考え込みながら、首を横に振った。 「俺、二十歳になるかならないか …

続きを読む八十四、以食為天(食をもって天となす)(3)

八十四、以食為天(食をもって天となす)(4)

「次の日の朝日は、生まれて初めて見るみたいに神秘的に見えたな。朝飯も旨かったよ。もう二十年も経つのに何食ったか一つ一つ覚えてる。俺はもうこの世界を二度と手放すまいと決意した。だからそれ以来常に、いかにすれば死なずに済むか …

続きを読む八十四、以食為天(食をもって天となす)(4)

特別展「三国志」で考えた黄河文明と長江文明のこと

現在、九州国立博物館で開催中の特別展「三国志」(~2020年1月5日(日)まで)三国志好きの方なら気になる展示ですよね。一足先に展示された東京国立博物館に見に行った方も大勢いらっしゃるかと思います。 たくさんの素晴らしい …

続きを読む特別展「三国志」で考えた黄河文明と長江文明のこと

三国時代の北方と南方はローマとエジプトくらい違う?

『三国志』は三国を統一した晋の時代に編纂されました。晋は長安や洛陽がある「中原」出身の漢族によって建てられた王朝です。このため、『三国志』を通して見ると、漢族が治めている地域は全て中原と同じような社会だったのではないかな …

続きを読む三国時代の北方と南方はローマとエジプトくらい違う?

八十三、兄弟(1)

 漢中(かんちゅう)のような、四(し)海(かい)の内では比較的平和で豊かな土地で生まれ育った俺たちでも、家から一歩出れば常に警戒心を持って身を守らなければならないと教え込まれて育っている。そんなことは、当たり前の常識だ。 …

続きを読む八十三、兄弟(1)

八十三、兄弟(2)

 今日の川下りは楽ちんだ。筏はすでに組まれており、熟練の漕(こ)ぎ手もついている。俺たちはただ筏に乗っかって、敵影が見えるまでボケッとしていればいいだけだ。敵なんか、来ないかもしれないし。来たとしても、呉将軍の工作が完了 …

続きを読む八十三、兄弟(2)

八十三、兄弟(3)

 陽射しがじりじりと暑い。どうしていっつも夏に筏に乗らされるんだろうな。川の上は日差しを遮るものがないからキツいんだって。隊長は船頭さんと一緒にノリノリで渡し場の唄(うた)を歌っている。なんか、襄陽(じょうよう)の渡し場 …

続きを読む八十三、兄弟(3)

八十三、兄弟(4)

 ずいぶん大がかりだな。火(か)炎(えん)瓶(びん)まで飛んで来る。いや、火炎瓶じゃない。油の入った壺をぶん投げて来て、そこに火矢を射かけてるんだ。こんな準備までしてあるなんて、今日我々がここに来ることは敵にすっかり読ま …

続きを読む八十三、兄弟(4)

八十三、兄弟(5)

黄屯長は隊長に向かってひとしきり罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)を投げつけた後、みんなに向かって筏を放棄して泳いで南岸へ渡るよう指示を出した。我々の着ている筒袖鎧(とうしゅうがい)は高価なものだが、みんなせっせと脱ぎ捨てて水 …

続きを読む八十三、兄弟(5)

八十三、兄弟(6)

筏の上の人数が減るにつれ、ますます隊長に矢が集中する。一方を盾で防御し、他方から来る矢を刀で叩き落としつつ、襲いかかる部下たちをかわして次々と水に落として行く。そんな超人的な能力を駆使してまで水に入るのが嫌なのかよ。ヤツ …

続きを読む八十三、兄弟(6)

八十三、兄弟(7)

 隊長が、季寧、季寧、とうるさく呼んでいる。めんどうくさいが目を開ける。と、青白い顔をした隊長の幽霊が俺の顔を覗き込んでいた。隊長め、一足先に死んどいて瀕死の俺を迎えに来たのだろう。 「ここは奈河水(さんずのかわ)ですか …

続きを読む八十三、兄弟(7)

八十三、兄弟(8)

「歩こう、って、どっかあてあるんですか?」 「とりあえず南岸に渡ろう」 「どうやって?」 「橋を渡る」 「魏の連中が掌握してますよ」 「可愛くおねだりしたら渡らせてくんねえかな」 「無理でしょう」 「じゃ銭の束で横っ面ひ …

続きを読む八十三、兄弟(8)

八十三、兄弟(9)

隊長はゴソゴソと鎧の中から一つの包みを取り出して開き、中に入っていたグショグショの怪しげな物体を俺の口に押し込みながらへらへらと笑った。 「これ、湿った餅干(ピンガン)」 餅干(ピンガン)なんて、ザクッとした歯触りを楽し …

続きを読む八十三、兄弟(9)

八十三、兄弟(10)

 隊長は両名の衣類をせかせかと剥(は)ぎ取ると、肌を合わせて体温で俺を温め始めた。前に極寒の中を行軍した時に足が凍傷になりそうだった奴の足先を隊長が口に入れて温めてやっていたことがあったが、その時と同じ感覚なのだろう。俺 …

続きを読む八十三、兄弟(10)

八十三、兄弟(11)

 隊長はザクザクと土を掘って先刻脱いだ衣類と武具を埋めると、俺を背負って歩き始めた。俺は完全に目を閉じて眠っているはずだが隊長のやっていることがちゃんと見えているのが不思議だ。ひょっとして幽体離脱しているのだろうか? い …

続きを読む八十三、兄弟(11)

八十三、兄弟(12)

「魏に投降したんですか?」 「いや」 「じゃ、なんで魏の兵隊みたいな格好してるんですか?」 「モタクタしてたら間に合わねえと思って一番近くの人里に駆け込むことにした。それが魏の陣営だったわけ。原隊追求中って言ったらすんな …

続きを読む八十三、兄弟(12)

八十三、兄弟(13)

「あのお、さっきからそのお椀の中の、なに飲んでるんですか? すごく美味しそうに見えますけど」 「ただの水だよ。季寧も飲む? 発熱時はしっかり水分補給しないとな」 こう言いながら水差しに水を入れて、俺が横になった状態のまま …

続きを読む八十三、兄弟(13)

八十三、兄弟(14)

 隊長の矢防ぎの幌(ほろ)に荷物をしっかりくるんでさりげなくぶら下げながら、原隊追求中の証明書を提示して悠然と橋を渡る。三日前に筏に乗って死に物狂いで渡ろうとした河なのに、個人で渡るとなれば楽なものだ。南岸に渡ってしばら …

続きを読む八十三、兄弟(14)