九十、綴じ蓋(とじぶた)(1)
喘息が治まってくるとともに、隊長は平常心を取り戻した様子だ。サソリの入った壺から小さな容器を取り出して、サソリの飲み水を新しいものと交換してやっている。 「そんなに大事そうに世話してやってるのに、結局食べるんですよね? …
喘息が治まってくるとともに、隊長は平常心を取り戻した様子だ。サソリの入った壺から小さな容器を取り出して、サソリの飲み水を新しいものと交換してやっている。 「そんなに大事そうに世話してやってるのに、結局食べるんですよね? …
隊長は床に置いたサソリのそばにしゃがみこんでじっくりと観察し始めた。 「美しいと思わねえ?」 「ええっと、それが自分に向かって走ってきたりするかもしれない生き物だって思わずに、銅像かなんかだと思って眺めれば美しいかもし …
今日は隊長は夜明け前から王(おう)仲純(ちゅうじゅん)と一緒にサソリ獲(と)りに行っている。昨日隊長が何気なく「毒を持ってる生き物は旨いやつが多い」と言っていたら、仲純(ちゅうじゅん)がサソリを食ってみたいと言い出して …
指先で書きつけをつまみ上げながらしげしげと眺めていると、隊長がルンルンと部屋に入って来た。 「あの、」 先ほどの顛末(てんまつ)を報告しようとしたが、思わず妙な質問をした。 「もしかして今、十歳くらいのガキンチョに化け …
仲純がサソリの入った壺(つぼ)を指定された場所に置き、横にしゃがみ込んで中の様子を楽しげに眺めている。 「ねえそれ、蓋(ふた)しとかなくて大丈夫なの?」 「いや、よじ登ってくるから蓋は必要だ」 「じゃあさっさと蓋してく …
夕方になった。一日の課業を終えて隊長室に行く。隊長はまだ戻って来ていない。サソリ、静かだな。カサリとも言わないぞ。…………。部屋の片隅に置いてある、網(あみ)と石の乗っかった壺(つぼ)。俺はそれの対角線上に、めいっぱい …
夕食の時間になった。普段ならルンルンと外へ出て行ってどこかの什(じゅう)に乱入して勝手に飯(めし)を食う隊長だが、今日はそういうわけにもいくまい。 「あのお、夕食の時間ですけど、食事はここへお運びしましょうか?」 「ん …
胡椒(こしょう)をゴリゴリと碾(ひ)いて、生姜(しょうが)を滅多(めった)切(ぎ)りにし、塩とともにドカドカと鍋に投入して汁を注いで火にかける。グツグツと煮えたぎったところを椀に注ぎ入れ、隊長に献ずる。椀から立ち上る湯 …
「無理だと思ったらなにも無理して食べなくていいじゃないですか。自己管理がなってないんじゃないですか」 「気にかけて、いろいろやってくれてたから、嬉しかった」 「人がなんかやってくれたからってなんでも尻尾(しっぽ)振(ふ) …
夕方だ。隊長が地べたに座ってしんみりと戦袍(せんぽう)の袖(そで)を撫(な)でている。 「あのお、じっとしてると蚊に刺されますよ?」 「大丈夫だよ、長袖だから」 「指先とか刺されるとめっちゃ痒(かゆ)くないですかね?」 …
こういう場合、「運が悪かったな」の一言で片付けられる。これはどんな社会にもあることなのかもしれない。小さな子供の世界にだってよくあることだ。例えば、三歳くらいの子供が、お友達の遊んでいるおもちゃを横取りするとか何か邪魔 …
ここのところ、うちの師団(しだん)は五丈原(ごじょうげん)からほど近い平地に出城(でじろ)を築いている。五丈原の本陣と協調しながら何かやったり、敵の往来を脅かしたりするための拠点なんだろう。 平地だから、水汲みが楽だ …
「空(から)元(げん)気(き)って大事じゃないですかね」 「空(から)元(げん)気(き)?」 「李隊長が笑えば世界が輝きますよ、きっと」 「え、なにそれ。愛の告白? アハハハハ。ごめんね、悪いけどオレ季寧くんのことは恋愛 …
あ~あ、今日はお料理じゃなくてお絵描きか。つまんねえ。他にも、馬の散歩に出かけたり、虫獲りをしたり、毎朝いろんなことやって遊んでいるけどな。料理は、俺が分け前もらえるから、そこがいい。毎朝料理して遊んでくれてたらいいの …
「どうぞ召し上がって下さい」 「ありがとう。オレ白豆のあんこ大好き。また作ってね」 「今度はうぐいす餡にしようと思ってるんですけど」 「あっ、それも好き。じゃあ楽しみにしてるね。ふうん、姜伯約(きょうはくやく)という天才 …
俺は体に日課時限が刻み込まれた精鋭だ。通常、起床の太鼓が鳴る前に目を覚ますことはまずない。しかし今日は、何故だか早く目覚めてしまった。クソッ。 異常に損した気分で、隊長を探しに行く。きっとまた何かおいしいおめざでも作 …
「知るかよ。火傷してねえ? 水で冷やしといたほうがいいぜ」 「手なんかどうでもいいですよ」 「どうでもいいわけあるかよ。馬鹿か」 「馬鹿に馬鹿って言われたくない。大丈夫ですか?」 「もう治まってきたぜ。ああ焦(あせ)った …
「自由人のくせして時々変に自己流にお堅いから、本人が真面目なつもりでいるわりには周りにはちっとも伝わっていないという、こういうのを変人と呼ぶんだろうな」 「かなり正確に自己分析できてるんですね」 「自己分析できてても直す …
「自分で言ったんじゃないですか」 「一回性ね……。おなじ食材をおなじ調理法でおなじ顔ぶれと食べたって、毎回同じ会食になるわけじゃないじゃん? 楽しい時は美味しく食べられるし、誰か機嫌が悪かったりすればまずくなっちゃうよな …
論功行賞(ろんこうこうしょう)というのは、妙な言葉だ。字面からすれば、功績のあった者を賞するという意味なんだろうが、少なくとも我々の業界では、ヘマをした者を罰することも含まれている。功罪の査定、というような意味なんだろ …