【プロローグ】

「そういうふうに言えば聞こえはいいだろうけどよ、俺は正直、いい世の中になるんならそこに翻ってる旗の色が何色だっていいと思ってるよ」
「問題発言じゃないですか?」
「極ありふれた一般論だろ」
「ふうん。隊長はかんの忠臣じゃないんですねえ」
「今の世の中、どこに漢の忠臣なんているんだ?」
「我が国の官僚の皆さんはほとんどがそうなんじゃないんですか?」
「クックック」
「うわ、なにその笑い方」
「少なくとも劉伯りゅうのおっさんは漢の忠臣なんかではなかったぜ」
「そりゃそうでしょう。臣下っていうよりは、皇族だったんでしょう?」
皇叔こうしゅくってのは後付けだ。退屈してる子分たちのために一旗挙げただけさ」
「忠義の人なんじゃなかったんですか?」
「忠なんていう言葉はどんな世界の奴らが使っている言葉なんだ?」
「まともな人なら誰もが使う言葉じゃないですか」
「そんな言葉は、漢で甘い汁を吸っていた士大夫したいふか、そいつらに洗脳された愚民しか使わねえ言葉だぜ。ねいは愚民かよ」
「え、はあ。まあ、愚民だと言われれば、愚民なんでしょうね」
「ふうん。そいつは気の毒だ。愚民はいつでも誰か他の奴の都合のいいように使われるだけで終わっちまうな。俺様と一緒に命懸けで戦ってくれるとしても、ねいは俺が何者であるか死ぬまで気付かないだろう。そんなことでいいのかな」
「え~、じゃ今おしえて下さいよ。何者なんですか?」
「そこらへんにいる極ありふれた遊民ゆうみんだよ」
「答えになってないじゃないですか」
「天下のほとんどは俺みたいな奴ばっかなんじゃねえの。漢だの忠だのといったものにマジにすがりついてるのは天下のほんの一握りだぜ」
「じゃ、世の中の規範っていうものはどこに求めたらいいんですか?」
「そんなものは各人が好き勝手に求めりゃいいんだろうけどよ。忠なんていう言葉は、漢で甘い汁を吸っていた連中だけのお約束の言葉だからな。そんな価値観に俺らまで乗っかる必要はねえ」
「隊長、一体なんなんですか? 不良? ヤクザ?」
「漢の忠臣なんていう野郎こそ本物のならず者なんじゃねえのかな」
「意味分からない」
黄巾こうきんの乱っていうのは、どうして全国各地で一斉に起こって、大勢が参加したんだ?」
「え~、みんな貧しかったからじゃないですか? 我慢の限界だったんですよ、きっと」
「どうしてみんな貧しかったんだろうな」
「それは皇帝が役職を金で売ったり、宦官かんがん賄賂わいろをいっぱい取ったりしてたからですよ」
「どんな連中が役職を金で買ったり、宦官に賄賂をいっぱい贈ったりしてたんだ?」
「それは、あれじゃないですかね、荘園しょうえん経営かなんかで小金を貯め込んでいた豪族なんじゃないですか?」
「漢の忠臣なんて連中は、たいがいそういう階級の出だったんじゃねえのかい。つまり、漢の忠臣が漢を腐らせちまったのさ」
「え~、でも、だからといって、王朝の転覆なんて図ったらだめじゃないですか」
「王朝の転覆を図るのがいけないことだなんて、どんな奴らが言ってるんだ?」
「昔から偉い人たちがずーっと言ってることじゃないですか」
「偉い人たちってのは、本当に偉いのかな」
「めちゃくちゃなこと言いますね」
「どんな人が偉くて、どんな人が人でなしか、儒教を学んでるといろいろもっともらしい説があるだろ? そんなの鵜呑うのみにしてたらだめだぜ」
「え、だって、儒教を学ばなかったら、何が良いか悪いか分からないじゃないですか。人間らしい生き方ができなくなりますよ」
「そんなの、お目めをぱっちり開いて世界を見てたら分かるじゃん。人づてに学問で考えようとするから分かんなくなっちまうんだよ。ま、儒教が悪いもんだとは言わねえけどさ。それをどう解釈するかはその時々の声のデカい野郎の都合のいいようにされちゃうんだから、いつでも正しいってわけにはいかねえだろ。そんなものに権威付けするのは単なる思想統制に過ぎないぜ」
「思想統制って言うと悪いことのように聞こえますけど、人が集まって過ごすからには何らかの倫理が必要じゃないですか」
「それが一部の悪人にとって都合がいいだけの倫理であってもいいのかい」
「え、なんでそんな、世界が一部の悪人によって牛耳ぎゅうじられてるみたいな猜疑心を抱いてるんですか?」
「実際そうなんじゃないのかな。食うや食わずやでせっせと働いている人たちから絞り取って、それを元手に学を修めるなり賄賂を贈るなりして官途に就いて、地位と名声を手に入れる。儒教はいいもんだって言ってみんなを洗脳して、忠っていうのはとっても大事なことだよって言い聞かせて、自分が甘い汁を吸っている体制がいつまでも覆されないように工作する。儒教っていうのは、そういうふうに利用されてきたんじゃねえのかな。孔子はいい事いっぱい言ってるから、悪だくみのいいかくみのになっちまうんだよ」
「でも、忠とか孝とかいうことは、やっぱ大事ですよね。それがなかったら世の中めちゃくちゃになるんじゃないんですか」
「そいつは、誰の目から見てめちゃくちゃなんだ? お偉い方々が忠とか孝とかいうことに目の色変えて、ちょっとでも規範から外れたらすかさず糾弾きゅうだんして人でなしみたいに言って迫害するのは、そうしておかないと彼らの安泰が脅かされるからなのさ。しかし、世の中の大半の老百姓ラオバイシンはお偉い方々の立場がいかに危いところにあるか気付いてねえ。お偉い方々は教養もあって、立派そうに見えて、何より文字の魔力を手にしているからな。彼らの実態が世界のほんの一握りのろくでなし集団であったとしても、文字なんか読まない大多数の善良な市民は彼らの言うことを神の啓示のように思いこんで大人しくひれ伏してしまうわけだ」

※本作は純粋に三国時代について書くものであり、いかなる比喩的意図も現代的主張も含みません。

《プロローグ 終わり / 本編へ》

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“【プロローグ】” に2件のコメントがあります

  1. 隊長さん、熱くかたってますね!
    義務教育って、甘い汁を吸いたい人達が考えたシステムなんだろうなと
    思うことがあります

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    • 教育でも本でも講演でも、あらゆる表現には表現者の主観が込められていそうですよね。
      まともそうな口調で話されていると公平な視点から語られているように思って信じてしまいがちですが、相手がどういう意図でそれを言っているのかはいつも考えなければならないなと思います。
      義務教育で習った内容も、大きくなってから見つめ直してみるとよさそうですね。

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