五十六、生贄(いけにえ)(3)

 李隊長が帰って行ったのと入れ違いに、張屯長がつばめのようにツイッと部屋に入って来て、
「隊長、渡河とか訓練、」
と言いかけて
「おや喘息ですか? じゃあいいや」
とツイッと部屋から出て行った。と思ったら後ろの窓からひょいっと顔を覗かせて、呆れたように言った。
「一体いつ元気なんですか?」
「基本的にはいつも元気なんだけど」
隊長はへらへらと笑っている。
「喘息と季節性ウツがあって時々おっちょこちょいで負傷する以外は基本的に元気なんですね?」
辛辣しんらつだなあ」
「客観的事実ですよ~。あははは~」
張屯長は窓をよっこらせと乗り越えて、部屋の中に戻って隊長をむぎゅっと抱きしめた。
「気を悪くしないで下さいねっ」
「ってゆうか気持ち悪い、この接触の仕方」
「親愛の情を動作で表現してみました~」
「あっそ」
隊長は張屯長を引きはがした。
「最近隊長が元気いっぱい暴れてるとこ見ないな~と思いまして」
「そういう馬鹿みたいの卒業しようと思って」
「え~、ヤダヤダ、そんなのつまんない」
「じゃ張さんが暴れなよ、俺の代わりに」
「いやあ、私そんな武辺者ぶへんものじゃないんでえ」
ここで突然こう屯長が、さっき張屯長の入って来た窓から顔を出して口を挟んだ。
「隊長、あれをやって下さいよ。地獄のしごき」
「最近張屯長と黄屯長は二人一組で動いているのかい?」
「違いますよ~。黄さんは便所に行くたびにわざわざ遠回りしてここの前を通る習性があるんです。で、私の楽しそうなさえずり声が聞こえたから会話に加わりたくなったんじゃないですかぁ?」
黄屯長が先刻の張屯長と同様に、よっこらせと窓を乗り越えて中に入って来た。
「特殊な職業の人みたいな入り方だな」
「コソドロのようだと言いたいんですか? それより、ちょうどいい折です。前々からお願いしようと思っていたんですよ。以前に隊長が全隊員と一対一で立ち会いをなさっていたじゃないですか。あれを新入りにもやってしごいてやって下さいよ」
「屯長のみなさんがそれを必要だと考えていてかつ要請があればやってもいいよ」
「ヤッタ~!」
張屯長が飛びあがって喜んだ。
「へっ。何が楽しいんでえ。言っとくけどよ、毎回新入りとの立ち会いを始める前に、古参の奴を一人生贄いけにえに出すんだぜ。模範演技だ。あと、五人も六人もぶっ通しでやるのはかったるいから、一回三人まで」
「ヤッタ~!」
張屯長が再び飛びあがって喜んだ。何が嬉しいんだ?

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