五十七、石礫(せきれき)(1)

 久々の生き地獄体験は辛かったが、なんだか新入り達の俺を見る目が変わったようで気分がいい。これまでの俺が連中からどう見られていたかというと、とりたてて男前おとこまえでも親切でも面白くもなく、体力的にも中の下で、冷たいくせに時々思いついたように小言こごとを言ってくる鬱陶うっとうしい先輩、という程度だったと思う。それがここのところ、どうも一目いちもく置かれているというか、もしや尊敬されてんじゃねえの? という雰囲気だ。技術的にも体力的にも中の下のヘタレ隊員であるにもかかわらず、あの恐怖の隊長にたじろがずに立ち向かっていた勇気を買われたのだろう。
 張屯長が最初の生贄いけにえに俺を選んだのはいい人選だった。隊長と立ち会うのが、なんでもできる李仲毅りちゅうきだったり剣豪の周子儀しゅうしぎだったりすれば、見ている連中は、あいつらは特別な人だと思うだけだったろう。俺のようなショボい奴が闘志をき出しにしてやっているのがいい絵だったんだ。
 新入り達は俺のことをすげえと思ったようだが、うちの古参の連中は誰だってあのくらいはやる。そして新入り達もいずれ一人残らずできるようになるだろう。たぶん、四か月以内には。恐らく隊長は四か月後に控えた演習に向けて新入りを仕上げるつもりだと思う。隊長がそう考えているのなら、実際にそうなる。隊長がどう考えているのか分かりさえすれば、全員がそこに向かって動くからだ。うちの部隊はそういうふうになっている。気持ち悪いほどの出来すぎ部隊だ。

 いつからこんなふうになったのかな。俺は奇異な思いで馬鹿隊長を観察する。大きな地図を眺めながら珍しく頭を抱えて何事か考え込んでいる。と、思ったら、すくっと立ちあがって部屋をウロウロと歩きまわって、小さな壺を手に取り中からお菓子を一つ取り出して口に入れた。味わう様子もなくふうふうと息をついている。
「あのお、なに悩んでんですか?」
渭水いすいをどうしようかと思ってさあ」
「天下統一後の治水事業についてでも考えてるんですか?」
「おっと、そうか。そういうことも考えなくちゃいけないかな。関西は案外すぐに当方のものになるかもしれないからね」
「冗談で言ったんですけど」
「そっか。そういうことは文官が考えればいいことだからな」
「じゃなくて。ま、どうでもいいけど。で、なに悩んでたんですか?」
隊長は几案つくえの前にすとんと座って再び頭を抱えた。
「……渡河とか訓練」
「ヤッタ~!」
俺は張屯長がよくそうするようにくるくると回って喜んだ。最近、暑くなってきたからな~。水遊びしたいと思ってたんだ~。やっほ~い!

ページ公開日:

コメントする