五十八、面倒な先輩(2)

「いや幻とは限らないでしょう」
「孔子は七十にして心の欲する所に従ってのりえなくなったそうだな。聖人でも七十年もかかるんだから、世界の大多数の人間にとっては絵にかいた餅なんじゃねえか」
「隊長を将軍の下につけたのは、丞相の将軍に対する嫌がらせなんじゃないですか?」
「そんなことは考えたくもねえな。誰がどんな意図を持って何をしていようとも、俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「丞相の犬なんじゃないんですか?」
「狂犬ね」
「隊長が犬なら、丞相は猿ですね」
「おお、確かにあの手足が長い感じは若干じゃっかん猿っぽいかも。ギャハハハハ」
「犬猿の仲、腐れ縁、っていうのは、どういう意味なんですか?」
「俺あのひと嫌いなんだ。しかし長い付き合いだし、やろうとしていることにはおおむね賛同しているし、公平無私で努力家なところは尊敬してる。とまあ、こんな意味だ」
「どんな付き合いなんですか? 何か恩義でもあるんですか?」
「一宿一飯の恩」
「餌を貰えれば誰にでも尻尾を振るんですか?」
「分別のない子犬のうちに飼い始めてあれこれ教え込めば大抵飼い主の色に染まるだろうよ」
「丞相は仕官するまえ隆中りゅうちゅういおりで塾でも開いていたんですか?」
臥竜がりょう先生が塾でガキに向かって教鞭きょうべんっていたなんて話は聞いたことがねえ」
「じゃあどういうご関係だったんですか?」
隊長はニマニマと笑った。
「ありのままを話したら、きっとまた季寧先生に虚言癖かと疑われちまう」
「べつに隊長が虚言癖であってもありのままに受け入れますよ」
「いや、受け入れないで、あんたはおかしいって指摘してくれ。周りに迷惑をかけないうちに官を辞さなくちゃならない」
「じゃ、とりあえず、ありのままを話して下さいよ。虚言癖かどうか判定してあげますから」
「先帝がまだ皇叔こうしゅくと呼ばれていて、荊州けいしゅう劉表りゅうひょうんとこに居候いそうろうしていた頃の話だ。伏竜ふくりゅう鳳雛ほうすうのいずれかを得れば天下を安んじることができる、とか言われて、皇叔こうしゅく臥竜がりょう先生を訪ねて隆中りゅうちゅういおりの門を叩いたじゃん? その時、皇叔が門番のガキに取り次ぎを頼もうとして、漢左将軍、領豫州牧、宜城亭侯、現屯新野、皇叔劉備って名乗ったら、そのクソガキがそんな長ったらしい名前は覚えられねえってほざいたって話、聞いたことねえ?」

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