六十三、魏延文長(11)

 ここはどこだろう。夜の明け始めた美しい川辺で、クロが呑気に水を飲んでいる。明るくなって周りの山の形が見えてきたから、だいたいの方角は分かるけど、歩いて帰るのは遠いし、馬で帰ろうにも馬のぎょし方なんて知らない。やっぱ、クロに任せるしかないか。俺は首を撫でながら声をかけてみた。
「ねえ、クロちゃん、そろそろお家に帰って朝飯もらおうぜ」
「ふっ。俺様の気が向いたらな」
鼻をぶふんと鳴らして返事をする。水をたらふく飲むと、こんどは悠然とそこらの葉っぱを食べ始めた。
「あ~あ、いいなあ。俺も腹減ったよ~」
返事もせずにせっせと葉っぱを食べている。
「クロも腹減ったんじゃねえの? そんな葉っぱが腹の足しになんの?」
「うるせえな季寧」
こう言いたげに、クロは葉っぱをみながら耳をくるりと回した。
 クロがふと顔を上げて、並足なみあしでカポカポと歩き出したと思うと、その方向からゲラゲラと笑うあいつの声が聞こえてきた。
「おう、勤務兵殿。よくぞご無事で」

 隊長の手を借りて、ようやく馬から下りる。俺はそのまま地べたに倒れ込んだ。
「疲れた?」
「心身ともに」
クロは我関せずで旨そうな葉っぱを物色しながら自由に食べ歩いている。さっき隊長に会った時、一瞬屈託くったくありげな顔をしたけれど、優しく声をかけられたので鞭を入れられたことについては水に流した様子だ。
「季寧は根性あるからきっと落馬しないだろうと思ったよ」
「っていうか、どうやって下りればいいか分からなかったんですよ。危険すぎて」
「ひゃっひゃっひゃっ」
楽しそうにしていやがって。俺は舌打ちをした。と同時に、にわかに尿意にょういもよおしてきた。俺は朝起きたらすぐにションベンをする習慣があるんだ。寝ぼけながら慌てて隊長のもとに駆け付けた挙句がこのザマだ。
「あのお、ションベン行って来ていいですかね?」
「連れションしようぜ。そこに」
「え、川じゃないですか。まずいですよ。それ生活用水なんじゃないんですか?」
「ションベン飲んで人が死んだなんて話は聞いたことがねえ」
悪ガキのように笑いながら、俺をうながして川辺に立つ。

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“六十三、魏延文長(11)” に2件のコメントがあります

  1. 連れション(☆∀☆)
    馬のクロと会話できるなんて
    季寧くん(汗)

    部隊規模の感覚をつかむ
    統率する方法を考える
    将の器ですよ^з^)-☆

    まるクルルさんが
    三國志の時代に産まれてたら
    鄧艾のように
    後世に名将として名を残した
    可能性ありますよ
    陳寿が「何事も客観的に判断し
    数万の兵を統率できる人物」と
    評したかも?

    • 放尿に関する描写が多すぎてすみません(;^_^A
      日頃馬に接する機会の多い人は馬語が分かるようになるそうで、季寧くんも人語を話さないクロの気持ちが分かるようです!
       
      私のミリタリー好き(?)は非力な者ほど力に憧れるという類のもので、いわば陸サーファーのようなもの、とても実地に役立つ代物ではございません。
      でも人を統率する方法については子育てに若干役立っているような……?(長時間の外出でも子供がぐずらないようにリードする工夫など)
      いずれ『三国志に学ぶハッピー子育て』みたいな本を書いてみても面白いかもしれません♪
      三国志に学ぶと言うと恐怖政治っぽい子育てを想像されてしまいそうで、うけないかもしれませんが(笑)

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