六十八、葫藘絲(フールースー)(1)

 若葉の美しい季節になった。俺は当分、葉っぱの臭いなんて嗅ぎたくない。というのは、おとといまで山にこもって時間無制限の本気鬼ごっこをさせられていたからだ。お泊りの準備がなかったからてっきり日没で終了だと思い込んでいたら、二日二晩やらされたから発狂しそうだった。
 魂が抜けたようにぼんやりと隊長室のすみたたずんでいる俺を尻目に、隊長がルンルンと小麦粉をねて遊んでいる。俺は山で精も根も尽き果てた気分だが、隊長は逆に山で鋭気を養ってきたかのようだ。きっと山から発せられる何かを吸って生きているんだろう。
 生地を小さくちぎって丸めたと思ったら、指で押しつけながら丸めて小さい喇叭らっぱのような形に成形している。俺は何気なく訊ねた。
とうって、なんなんですかねえ」
隊長はちょっと驚いたような表情で俺を見た。
「女の子が耳たぶに穴開けてぶっ挿しておしゃれだと思って喜ぶ装飾品じゃん」
「えっ、耳に穴開けてるんですか? 親からもらった体に穴あけるなんて、信じられない!」
「昔からある習慣だろ」
隊長はニマニマと笑いながら生地の成形を続けている。
とうの先っちょにちゃらちゃら玉なんかぶらさげちゃってさ、ちょっと首をかしげて何かしゃべるたびにちゃらちゃらと揺れるわけ。男って動くものに弱いじゃん? そんでうっかりバクリと噛みつくと怒られるんだよ。そそっておきながら拒むという悪魔的な企みなのか、それとも単に自己満足のおしゃれなんだか、よく分からないね」
「そんなおしゃれっぽい感じじゃなかったですよ? なんか粘土みたいのでできたやつで、前科者の目印なんじゃなかろうかって感じの」
「へえ……」
なぜだか突然隊長がくしゃみをした。ちゃんと食材にくしゃみがかからないように顔をそむけてやるから偉いよなあ。
「ひゃっひゃっひゃっ」
「自分のクシャミにウケて笑う中年」
「ああ……なんかムズムズしちまうよ。えっとね、それはあれだよ、いったん耳に穴を開けたらずっとなんか挿し込んどかないと穴が塞がっちまうから、そういう目的でつけてるやつだ」
「ふうん。なんでそんなのをお祭りの時にわざわざつけて出るんですかね」
隊長がもう一度くしゃみをした。
「そのくしゃみ、なんなんですか?」

ページ公開日:

“六十八、葫藘絲(フールースー)(1)” に2件のコメントがあります

  1. 隊長さん料理してるシーン
    結構あるような?
    くしゃみ?気になりますね
    季寧くん、耳飾りのこと
    気にしてたんですね

    連載を続けて一年半たつんですね。
    お疲れ様です。
    私はコメントさせて頂くことしかできませんが
    『ショッケンひにほゆ』熱烈応援してます。
    こちらこそ今後ともよろしくお願いいたしますm(._.)m

    • 隊長には呼吸や睡眠と同じように趣味の料理の時間が必要なようで(^^)
       
      くしゃみは季寧くんの話を聞いて鼻がむずむずしてしまったことが原因のようです。
      明後日あたりに隊長の口から説明してもらいますね。
       
      小説の連載は、誰も読んでくれていないと思ったらつまらなくなってやめてしまったと思うのですが、いつも読んで下さる方がいらっしゃるのでここまで楽しく続けることができました!
      もう五丈原が見えてきましたので、この調子で頑張ります!

コメントする