六十九、楊儀威公(ようぎいこう)(1)

 兵隊の単独行動は厳禁なので、李叔遜りしゅくそんと一緒に五日かけて八角はっかくを届けに行ったのだが、帰って来ると同屋ルームメイト劉子安りゅうしあんが完全に羌族きょうぞく化していたからびっくりした。彼らの言葉で冗談を言い合ったりして、完全に馴染んでいる。身振り手振りや表情や声の出し方まで、明らかに漢族以外の何かになってしまっている。俺と叔遜が二人そろって出かけてしまったら、羌族きょうぞくの中に子安しあん一人だからな。若い奴は何事にも馴染むのが早い。
 隊長に外出中の守備を報告し、お袋が大量に作って持たせてくれた冬瓜とうがんの煮物を差しだす。隊長は大袈裟おおげさに喜びつつも、この季節まで冬瓜が残っていたことに大して驚きもせずにルンルンと煮物を鍋に移して温め始める。その動作を見ながら、ふと疑念がよぎった。
「あのお、まさか、うちの台所の端っこに忘れ去られた冬瓜が埋もれてるのまで把握してたんじゃないでしょうね?」
「おっと。それを公然と認めちまうと、俺がよそ様のお台所までつぶさに観察している下衆な野郎だってことがバレちまうな」
「ほんとキモい。最悪」
「見るともなく見えてしまうのだよ。いかに巧妙に隠してあろうとも、俺は食べ物の在りかが超能力で見えてしまうんだ」
あ、なんか、ニマニマと思い出し笑いを始めたぞ。キモっ!
「いま、超能力にまつわる過去の逸話を思い出して自分で思い出し笑いしてたでしょう」
「うん。あれは愉快だったな。演習中にハラペコになりながら真夜中の郊外を歩いていて、民家を何軒か通り過ぎたんだけどさ、間抜けな鶏が夕方に産んだような卵が採卵されないまんま残っていたりしねえかなと思って民家の塀をじーっと見比べていたんだ。で、あるとしたらあそこだなって思った家の塀を乗り越えて、勝手知ったる足取りで鶏小屋を発見して一羽の鶏の下を探ってみると、当然のように卵があった。他の鶏の下も探ってみたけど、卵はその一個だけだったな」
「で、盗んで食べちゃったんですか?」
「うん。でもちゃんと小銭を置いてきたよ」
「そんなことをしたら盗み食いしたことがバレるじゃないですか」
「筆記用具があれば手紙も置いてきたいとこだったな。お腹が空きすぎてこっそり忍び込んで卵を盗んで食べちゃいました。ごめんなさい。おいしかったです。ありがとう。ってさ」
孔子こうしは喉がカラカラに渇いても盗泉とうせんの水は飲まなかったそうですけど」
「むかし爰旌目えんせいもくって人が旅の途中に飢えて行き倒れになって、それを見たきゅうって名前の泥棒が爰旌目えんせいもくに食べ物を食わせてやったそうだ。ものを食べて正気づいた爰旌目えんせいもくは、自分に食べ物を恵んでくれた人が泥棒だと知ると、義として泥棒の食べ物を食べることはできないっつって、一生懸命吐き出そうとしたけど吐き出せなくてゲホゲホやりながらぶっ倒れて死んじゃったんだってよ。残念な話だと思わねえ? そこは思い切ってごちそうになっといて、その後の人生を頑張ればいいのにな」
言いながら、温まった冬瓜とうがんの煮物を皿に盛る。

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“六十九、楊儀威公(ようぎいこう)(1)” に2件のコメントがあります

  1. 季寧くんしっかり五日間、福利厚生の任務をこなしたんてすね。
    結果が気になります

    『えんせいもく』の物語、初めて知りました。勉強になります。真面目過ぎる人だったんでしょうね

    昨日のコメント、乱筆乱文、長文になってしまって失礼しました。
    足先を口に入れる隊長さんの描写が
    スゴく頭に残ってて、感想書きたいと、ずっと思ってました。
    Twitterでミリタリー系の書き込み見て、感想書くなら今だ!!って思い
    コメントさせて頂きました。
    いろいろお調べになってたんですね。
    また長文になりそうなので
    今回はここまでにしたいと思います。

    ゲームやナポレオンの情報ありがとうございます。
    別の機会にコメントさせて頂きたいと思いますm(._.)m

    • 冬瓜料理をもらうだけなら1日~2日で終わるようですから、残りの日数で何がおこったかですね♪
       
      爰旌目の話は『列子』に載っています。
      『列子』は老荘思想っぽいお話がたくさん載録されている本で、爰旌目の話にも何かの教訓(?)が含まれているんだと思いますが、何を言いたいんだか今ひとつ分からないエピソードだなと思います(笑)
       
      よんよんさんは凍傷や低体温症のことをご存知ですので隊長の緊張感をより分かって下さったのではないでしょうか。
      部隊のみんなは何も知らずに隊長についてきていますので、なにを一人でおおげさに騒いでいるのかなという印象だっただろうと思います。
      一人であせってじたばたしている感じも隊長らしいかなぁと思います。
      部下たちは隊長が何をやっているのかは分からないけど一生懸命やっているようだから応援しよう、みたいな感じでついてきているのかなと思います。
      季寧くんが時々言っているように、奇妙な人徳の持ち主ですね!

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