七十二、費禕文偉(ひいぶんい)(7)

「あのお、臓物ぞうもつを地べたに広げておいて、誰かに踏んづけられてもしかたないみたいなの、やめてくれます? ご自分が困らないようにしっかりしまっといて下さいよ」
「なんでもかんでも隠しておいて誰ひとり本心を知る者がいないなんていう、そんな陳平ちんぺいみたいな生き方は耐えられない。いいよ。臓物踏んづけられて死んじゃったらそれが俺らしい死に様だ」
はたで見ている方が気分悪いじゃないですか」
「大丈夫大丈夫、そんな簡単に死なないから。そもそも、わざわざ足を引っ張られるほどの存在感はないし」
「いやあ、ぼちぼち存在感あると思いますよ?」
「マズいと思ったら印綬いんじゅをかなぐり捨ててスタコラサッサと逃げちまう。俺が本気で逃げようと思ったら捕捉できる奴はこの国にはいねえんじゃねえか」
「もしなんか陥れられて指名手配とかになっちゃったらどうするんですか?」
「なんにも心配いらないぜ。俺は小麦粉を料理する習慣のある土地だったら世界中どこへ行ったって生きていける。言語も文化も違ったって、小麦粉をねて伸ばしてでるのを見たら旨そうだってのは見れば分かるからな。漢の支配の及ばないところで麺打ち職人として生きるまでだ」
隊長は楽しげに拉麺の生地を伸ばし始めた。
「そんなこと、言うほど簡単ではないですよ。身一つになって逃げ出すなんて」
「俺には実績がある」
「これまでの業績なんて、外国に行ったら関係ないじゃないですか。」
「じゃなくてさ」
隊長はほっと息を吐いた。
襄陽じょうようにいた時、拉麺ラーメン屋台やたいの客の飲み残しのつゆを盗み飲みしたら店主が激怒して俺を追っかけまわすもんで、俺は漢水かんすいはたに衣類を一つ残らず脱ぎ捨てて川に飛び込んで息が続く限り潜水で泳いで行って追っ手の目をかわしてやった。きっと溺死できししたと思われただろうな。そのあとのこのこ家に帰るのも面倒くさかったもんで、それきり家には帰らなかったけど、文字通りの裸一貫からちゃっかり今日まで生きてる。だからさ、手ぶらで逃走ってのは実績あるから心配するな」
「それが隊長の家出の経緯なんですね」
「それ以前にもお袋と一緒に親父の家から脱走してるぜ。長沙陥落の時も城に入らず逃げ出した。どれが本当の家出だか分からねえ」
以後、無言で拉麺の生地をくるくるとねじっては引っ張り、ねじっては引っ張りして、糸のように細くなった麺をさーっと湯の中に投入すると、隊長はぽつりと言った。
「水辺にはいい思い出がない」

《七十二、費禕文偉(ひいぶんい) / 次話に続く》

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“七十二、費禕文偉(ひいぶんい)(7)” に2件のコメントがあります

  1. 飲み残しの汁を盗み飲むなんて(汗)
    汁のレシピを分析したかったんでしょうか?

    なんか、隊長さんって理想の上司かなと思ってたんですが、
    最近、やっぱりたたまの変態なんでしょうか(笑)?

    特別展三国志いよいよ始まりますね。
    初日は熱心なファンで盛り上がりそうですね!

    蜂蜜酒のリンクありがとうございます。
    山田養蜂店ですね。ちょうどサイトでチェックしてて購入を迷ってたんですが、リンク貼って頂きましたし、注文しますね!

    • 隊長が汁を盗み飲みした理由については後日ご本人から説明してもらいますね。
      隊長はもともとろくでもない人ですが、努力と学習によって理想の上司っぽい振る舞いを身につけたようです。
      中身はただのお子ちゃまですね(笑)
       
      特別展三国志、今日さっそく行ってきました!
      午前中は空いていましたが、午後になって混み始めたので、平日でこれでは土日はさぞやと思いやられました。
      ゆっくり見たい方は有給休暇をとってでも平日に行かれるほうがいいかもしれません……
       
      蜂蜜酒は少々お高いと思うので安易におすすめはできませんが、私は買ってみてよかったと思うほど美味しいお酒でした。
      山田養蜂場の蜂蜜酒が私の飲んだものと同じ味かどうかは分かりませんが、原材料をみたところちゃんとしたもののように見えますね。
      山田養蜂場さんですし。(有名ですよね?)
      あのおいしさは皆さんに知ってほしいと思っちゃうほどでした……うっとり。

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