七十九、蜜柑(みかん)(3)

 累累るいるい。まさか八ヶ月で五歳以上も老けたりはしねえだろうな。このあいだ隊長に言われて慌てて即日結婚を申し込みに行ったが、あれは失敗だったんじゃなかろうか。しれっと黙っていれば、予定通り一月十五日に納吉(ゆいのう)して、それが済んだところでおもむろに一日も早く結婚したいって言えば案外すんなりいったんじゃなかろうか。まさか花の季節まで南鄭なんていにいられるとは思っていなかったからな。クソッ。花なんかみんな散ってしまえ。
 腹立ち紛れに、近くで鍋を洗っている女の子たちに話しかけてみる。
「ねえ、今年は蜜柑投げやんないの?」
えー、とかなんとか言いながら、娘どうしでクスクスと笑い合っている。誰か返事しろよ。
「来年おれ蜜柑いっぱい買ってきてあげるからさあ、みんなで一斉に俺に向かって投げてよ」
ケラケラと笑われた。ああよかった、ウケた。ホッ。女に嫌がられずに笑ってもらえるような距離感って、難しいな。隊長のような現実離れした容姿を持っていれば、多少ズレた冗談を言ったっていくらでも笑ってくれるんだろうけどな。
 隊長の見た目がカッチョイイのは決して偶然ではないんだ。韓氏といえば先祖は周(しゅう)の王族につらなる姓の由緒ある家柄で、って、世界中の韓っていう苗字の人は全員同じことを言うかもしれないが、隊長のお父さんが河内かだい出身で郡太守ぐんたいしゅだったことから考えれば、代々それなりに勢力のある一族であったに違いない。ということは、おめかけさんも当然のように何人も持ってきたであろうし、美女を選んで迎えるなんていう余裕もあったことだろう。名門の貴公子がかっこよく見えるのは、衣装や小物にぜいをこらしているためだけではなくて、美女を選んで交配するという代々の営みによって容姿そのものも洗練されているためだと思う。
 隊長のあの容姿はご先祖の遺産だ。でも隊長は一人ぼっちだ。それは隊長のせいなんだろうか。
 酒数巡すうじゅん、夕闇に沈みゆく桃の花をしんみりと眺めていると、ちょっと若い感じのお婆さんが蜜柑を一個、俺にそっと手渡してくれた。なんで俺に優しくしてくれるのがよりによってお婆ちゃんなんだ。涙が出そうだ。

《七十九、蜜柑(みかん) 終わり / 次話に続く》

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“七十九、蜜柑(みかん)(3)” に2件のコメントがあります

  1. 季寧くん、後悔してるんですかね?
    即日結婚しなかったことを?

    お盆休み、のんびりできると良いですね。
    沖縄は旧盆なんですが、今年はお盆と日程が同じみたいですね。

    私、ダイエット成功してお腹の脂肪は減りましたけど、人脈もほとんど無いてます(汗)

    本を読むのが苦にならなくなった、
    ってところが、進歩したかなぁと思います。

    • 季寧くんはあの日彼女の家に押しかけたことを後悔しているようです。
      何も言い出さなければ淡々と予定をこなして結婚できたのではないかと。
      そんなことは後になってから思うことで、その時はいつ遠征が始まるか誰も分からなかったわけですが……
       
      お盆休みは実家へ行って料理や皿洗いをするだけかと思いますが、子供たちには楽しい夏の思い出になると思います。
      海にも行く予定です!
       
      沖縄は旧盆なんですね。
      私の両親の出身地でも旧盆でした。
      お盆がいつかを気にしたことがなかったですがσ(^◇^;)
       
      よんよんさんはお腹周りがすっきりしているんですか?
      体脂肪の付き方を制御できる人とそうでない人とでは、年齢を重ねていった場合のフォルムがずいぶん違ってきそうな気がします(^-^;)
       
      本を読むのが苦にならないのは素晴らしいですね。
      私は本の内容に興味があって読むのですが、活字を読むという作業自体はちょっと苦になります。
      それが克服できればもっとたくさん読めるのになぁと思っています(。>ω<。)

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