八十、韓英異度(かんえいいど)(2)

 クロとももう長い付き合いだが、いまだに黒児クロという幼名で呼んでいる。いや、黒児クロというのは幼名ですらない。単に毛の色で呼んでいるだけだ。基本的に、漢人には家畜に名前を付ける習慣がない。項羽こううが乗っていたすいにしても、呂布りょふが乗っていた赤兎せきとにしても、あるじとのきずなが深くて有名な馬であるにもかかわらず名前がなく、すい赤兎せきとも毛の色を表す呼称に過ぎない。決して愛着がないわけではなく、トラ縞模様の猫をトラと呼んだり、ブチ模様の犬をブチと呼んだりするのと同じ感覚だと思う。
 曹操そうそうの馬の絶影ぜつえいという呼び名は、ごうだ。影も残さないくらい走るのが速い馬、っていう意味だろう。曹操らしい洒落しゃれた命名だと思う。クロのお祖父じいさんで張車騎ちょうしゃきの愛馬であった玉追ぎょくついは、やはり号で、宝物みたいな馬で走るのが速い、という意味だと思う。この馬は毛の色が烏騅くろあしげで、烏騅ウーチュイをもじって玉追イーチュイと号したダジャレのような命名だ。曹操の命名は洒落しゃれていて、張車騎の命名は駄洒落だじゃれ。馬の命名の仕方にも個性が表れている。
 隊長は恐らく、私物じゃないから馬に名前をつけないんだろう。通常、将校の馬は皆さん自前で買うのだが、隊長は部曲督ぶきょくとくになる前は什長だったからお金がないだろうと誰かが気を回したらしく、官品の馬を都合してもらってそのまま五年以上乗っている。もういい加減お金も貯まっただろう。っていうか、什長時代も何かのご褒美の財産をごっそり貯め込んでいたじゃないか。なのに何故自前で馬を買わないんだ。ドケチかよ。
 隊長の刀もきっと誰かからの貰い物だろう。えん七年の刻印が入った漢の制式刀せいしきとうにしきまとうご身分のくせに量産品のなまくら刀を後生大事にぶら下げているなんて、どんだけドケチだよ、という気もするのだが、もしかすると、あの刀はとてつもない怪刀かもしれない。七十年も前に作られて、あまたの激戦をかいくぐってきたはずなのに、折れも曲がりもせず素知らぬ顔でしゅっとさやに収まっている。隊長があれで南中なんちゅうの良民を三百人も斬殺したのだとすれば、あれはまぎれもない怪刀だ。もしかすると、隊長が刀を使わずに素手で三百人倒した怪人なのかもしれないけど。
 馬にしても刀にしても、武人の魂みたいなもんじゃないか。それをなぜ自前で買わないんだろう。一方で、防具にはびっくりするくらい金をかけている。いつも最新鋭の軽量超合金みたいなよろいを身につけていて、新しいものが出るたびに買い替えている。たぶん、馬が何頭も買えるくらいの金を注ぎ込んできていると思う。三国で一番性能のいい鎧を身につけているのはひょっとするとあの人かもしれない。

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“八十、韓英異度(かんえいいど)(2)” に4件のコメントがあります

  1. 馬にお金をかけないのは、
    消耗品扱いなのかなと思います。
    映画やテレビの戦闘で
    騎兵は真っ先に馬の脚を攻撃されて
    るのをよく観ます。

    防具にお金かけるのは、
    直接、自分の体に身につけるので、少しでも良いものがほしいって感じかなと思います。

    本を読む件で
    苦にならないと書きましたが、
    少し訂正させてください。
    本を読むのが楽しくなった
    のほうが、あってるかなと思いました。
    申し訳ないです。

    個人的な体験で、他の人には参考にならないと思います。

    ただ、世の中には不思議なこともあるんだなと
    思って頂けるかもしれないので
    私の体験を書かせて頂きます。
    長文になります。

    10年くらい前の話になります。

    家にあったビジネス書を読もうと
    思いページをめくりました。

    すると、文字が浮かび上がったような感じになりました。

    「おやっ?」と思った瞬間、
    文字が本から飛び出して、
    私の脳ミソにどんどん
    貼り付きました。

    脳ミソに文字が貼り付く感じが
    スゴく気持ち良く、しばらく
    快感に浸ってました。

    ただ、あまりにも気持ち良すぎて、
    頭がおかしくなるんじゃないかと
    ちょっと恐怖を感じた瞬間、
    文字が飛び出しが止まりました。

    ほんの数秒間の出来事だったと
    思います。

    あまりにも気持ち良かったのて、
    また体験したいと思い、
    ビジネス書や自己啓発本などを
    中心に何冊も読み続けました。

    以上が、私が本を楽しむことができるきっかけになった体験です。

    本で得た知識を仕事や日常生活で
    実践することで、悩むことが減り、
    本を読むって楽しい!って思うにようになり現在にいたります。

    今のところ、気持ち良かった体験は
    1回だけです。
    シンプルな描写で、どのくらい
    気持ち良かったかお伝えすることはできるんですが、
    こちらのサイトの主旨に合わないので、書き込みは控えさせて頂きます。

    今は単純に楽しいから、本を読んでます。いろんな知識を本から学んでます。

    乱筆乱文失礼しました

    • 隊長は馬を友達だと思っていますが、馬に乗っていないほうが戦闘力が100倍くらいになるので、戦場で馬はいらないと思っているのではないでしょうか( ´艸`)
      いい防具を使うのは死にたくないからだと思います。
       
      本の文字が脳みそに貼り付く感覚ですか。
      不思議な体験ですね。
      個人的な体験で、伝授も再現もできないんですね。
      また体験したいと思い本を読む間に本を読むのが楽しくなったんですね。
      いい体験をなさいましたね!
      体験談ありがとうございました!

  2. 隊長は間違いなくほぼ素寒貧でしょうね(T_T)
    人を殺すための武器は大切にすれども自分で買うようなことはしたくない。
    防具をしっかり整えるのは、自惚れではないけど、自らの死傷が、部隊のみんなの死傷に直結することを自覚したすばらしい司令官だから。
    馬を自前にしないのは、みんなに銀貨を配ったり、料理を振る舞ったりしていて、実際に買えないというのが建前的な理由、クロに並々ならぬ信頼と愛情があるからがメインの理由なんじゃないかなと。

    「みんなのために」隊長はお金を使うのでしょうね。そして、その使い方はすさまじく、清廉潔白な丞相閣下よりさらに財は残していないでしょうね…
    でも、必要最小限はしっかりと持つ、これが韓隊長なんじゃないでしょうか!

    勝手な私の中の韓隊長像でした(笑)

    五丈原…来て欲しくなかった…隊長、がんばれ~!季寧くん、どうか支えてあげるんだ!

    • いつも隊長を応援して下さってありがとうございます!
      隊長が武器や馬にお金をかける気がないのは確かです。
      前線に立ったこともなくコネで指揮官になったようは人はお飾り感覚で高価な武器を持ちますが、隊長はそれが実用品だと分かっているんだと思います。
       
      防具にお金をかける気持ちはどうなんでしょう……よく分かりませんが、隊長らしいなという気がします。
       
      金回りはさほど悪くないようですが、自分のためにお金を使う習慣はないようですね。
      結婚をすれば奧さんがしっかり貯めそうですが、結婚もしないのでどうしようもない(?)です。
       
      隊長と季寧くんはどちらがどちらを守っているとも分からない感じですが、なんとか支え合って幸せをつかんでほしいものです。
      こんな五丈原、前代未聞ですよね(笑)
      今後ともよろしくお願いします!

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