八十、韓英異度(かんえいいど)(1)

 桃の花も散り、たけのこのおいしい季節になった頃、うちの部隊も北伐に投入された。華北かほくなんか、竹なんて生えてるのかな。せっかくだからもう一カ月ゆっくりしてしゅんたけのこを食い尽くしてから遠征すればいいのに。合戦なんていつでもできるけど、今年の筍は今この時しか食べられないんだからな。
 春は毎年めぐってくるが、建興けんこう十二年の春は過ぎ去ったら二度と戻らない。今年の筍が食べられないなんて、俺の限られた人生にとってとりかえしのつかない損失だ。戦いを指揮している人たちは、一人一人が負っているこうした損失についてどの程度理解しているだろうか。

 毎日汗をかきかき桟道さんどうを歩き、発狂寸前でようやく山道を抜けた頃には、世界はすっかり初夏になっていた。我が軍は五丈原ごじょうげんとかいう細長い瓢箪ひょうたんのような形の台地に布陣している。瓢箪ひょうたんのくびれの一番細い部分の幅が五丈だから、五丈原というのだそうだ。
 俺たちが荷ほどきをしてせっせと宿営の支度をしている時に、隊長がぷらぷらとやってきた。
「おう、お疲れさん」
「ご無沙汰してます。幽霊じゃないですよね?」
「うん。この二ヶ月間は幸いにして幽霊になる機会はなかったぜ」
この大して面白くもない発言に、周りの連中はなぜか愉快そうに笑った。発言の内容なんてどうでもいいんだろう。久しぶりにお互い元気な顔を見られたもんで嬉しいっていうだけだ。
 俺は作業をほっぽり出して厩舎きゅうしゃに遊びに行った。狭苦しい空間にたくさんの馬が文句も言わず鼻を並べている中に、懐かしいあいつの顔があった。向こうでもさっそく俺のことを発見して、瞳を輝かせながらぴょこぴょことやっている。
「おう季寧、久しぶりだな~! 元気だったかよ!」
真っ黒な鼻をぐいぐいと押しつけて来るクロ。こいつ、ちょっと久しぶりなだけでこんなに喜んでくれるのかよ。よっぽど退屈していたのかな。それとも、俺がおやつを差し入れに来たと思ってるのかな?
「あ、ごめん、おやつなんにも持ってこなかったよ」
「なに言ってんだよ~。いつでも手ぶらで遊びに来いよォ!」
鼻息をふきかけながら俺の服を噛み噛みするクロ。可愛い。
「クロ、ちょっとやつれた?」
「運動不足だよ。あとさあ、飼葉がイマイチだな。ま、遠征中だからしょうがないね」
「機嫌よく過ごしてた?」
「まあボチボチだな~」
なるほど。だろうな。馬でも兵士でも、遠征中の暮らしぶりというのは似たようなものらしい。

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“八十、韓英異度(かんえいいど)(1)” に2件のコメントがあります

  1. 季寧くん、普通に馬のクロと会話してますね。

    ついに五丈原ですね。
    いったいどうなるんでしょう
    みんな無事に帰れること願います。

    季寧くん、家に押しかけたこと後悔してるんですね。
    なんというか、あの時に決めとけば良かったみたいな展開にならないこと願います。

    夏の思い出、良いですね。
    台風から離れてても、波が強くなる可能性があるみたいです。
    海は楽しいですが、慎重な対応が
    必要ですね。

    私、お腹はメタボの基準値以内です。中肉中背?みたいな感じです。
    ダイエット絶好調の時、週1㎏弱ペースで体重落として、
    20週間で16㎏くらい減量しました。
    術後の定期検診で病院に行ったら、
    短期間で体重が減ってたので
    看護師さんに別の病気を疑われました(汗)

    まるクルルさんは、活字を読む作業自体はちょっと苦になるんですね。
    なんか意外です。
    活字大好き!なイメージでした。
    本の内容に興味あるかないかで、
    変わりますね。

    私、とあることがきっかけで
    本を読むのが苦にならなくなりました。
    以前は本の最初の数ページを読むのが限界でした(汗)

    • クロとのせりふは、表情からしてこういうことを言っているんだろうと想像した内容を季寧くんが言葉に変えたものです。
      きっと正確に翻訳できていると思います。
       
      連載開始からおよそ19ヶ月にしてようやく五丈原にやってきました。
      どんな五丈原になるか、ぜひお楽しみに!
       
      台風は遠くにあっても波が高くなるなどの影響がありますよね。
      ありがとうございます。気をつけて遊んできます!
       
      ダイエット週1kg弱ペースはすごいですね。
      私の夫も一時期食事制限と運動を併用してダイエットしたところ、会社の人にどこか悪いのかと心配されたそうです。
      痩せて健康的になったのですが( ´艸`)
       
      よんよんさんが本を読むのが苦にならなくなったきっかけとは、誰にでもできる方法なのでしょうか?
      個人的な体験でしたら無理にお聞きしませんが、誰にでも伝授できるようなノウハウだとしたら教えていただきたい気が!

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