八十、韓英異度(かんえいいど)(6)

「日暮れて道遠しですか」
「べつに暮れちゃあいねえけどよ、もう五年経っちまったからボチボチ焦り始めたな」
「三百年計画なんですよね。一年や二年遅れたところで、誤差の範囲内なんじゃないですか」
隊長は火掻ひかき棒を手にとって、地面に二本の線を引いた。
「これ、平行してる二本の直線に見えるじゃん?」
「はあ」
隊長はうなずきながら、その二本の線をずずずっと天幕の端っこまで伸ばして行った。二本の線の間隔が開いて行く。
「誤差は侮れない。この線をずーっと伸ばしていったら、いずれ何千里もの開きが出るだろう。ぜんぜん違うところに行っちまう」
あのお、それ手でいいかげんに引いた線なんで、誤差とかなんとかそんな精妙な論を展開するのにふさわしくないですよ? ま、言いたいことは分かるけど。隊長は線の引き始めの辺りを指しながら言った。
「このあたりで修正をかけられれば労力もわずかで済むけどよ、あっちまで行っちまってから修正しようと思ったら大変なことだな。だから早めにエイヤッとやっちまったほうがいいんだよ。こう拙速せっそくに如かずだ」
「拙速なんて、丞相の最も受け容れなさそうなやり方じゃないですか」
「コツコツと努力を積み重ねればどこまででも行けるとでも思っているのかな。我々の積んでいるものは生ものなんだ。モタクタ積んでる間に腐っちまう」
「え、腐りますかね?」
「腐るよ。使えるはずだったしかけも世界が変わったら通用しなくなる」
「そこはりん応変おうへんにやってくれるんじゃないんですか? のぞへんおうず、とかいうの、好きそうじゃないですか」
「いつまでも丞相が切りまわして行くとも限らねえしなあ」
「引退説でもあるんですか?」
「いや……」
「なんなんですか?」
「いや、こないだ山陽公さんようこうが亡くなったからさ。誰も彼ももう若くねえなと思って焦っちまった。あの方は丞相と同い年だ」
「山陽公ってどなたですか?」
「十四年前に曹丕そうそう禅譲ぜんじょうをして帝位を降りたあの方だよ」
「えっ、禅譲ぜんじょうっていうのは作り話なんじゃないんですか? 曹丕そうひみかどしいして帝号を僭称せんしょうしたんですよね?」
「じゃ最近薨去こうきょした山陽公ってのは誰なんだ?」
「え、だから、どなたなんですか?」
「季寧よお、建安けんあんって元号は何年まであるんだ?」
「えーっと、確か二十六年ですよね?」
「二十五年だ。建安二十五年が延康えんこう元年」

ページ公開日:

“八十、韓英異度(かんえいいど)(6)” に4件のコメントがあります

  1. 元号に秘密がありそうですね?

    禅譲って聞くと、三国志スリーキングダムを思い出します。
    曹丕にいじめられた皇帝が
    かわいそうでした。

    勉強不足で申し訳ないですが
    『馬謖の部隊の兵士が戦略を語ったのだとしたら対応は全く違いそうですが 』というのは
    馬謖が派閥の仲間だから、その兵士が戦略を語っても大丈夫ということでしょうか?

    マントウのアクセント教えて頂きありがとうございますm(._.)m
    中国の方と会話する機会あれば、
    試してみますね!
    マントウ、マントウって連呼して、不審者扱いされないように
    気をつけないといけないですね(笑)

    • 元号の話は次回をお楽しみに♪
       
      Three Kingdomsの曹丕はとても癖のある人物でしたね(笑)
      献帝は可哀相な感じで描写される作品が多いですね。
       
      諸葛亮は馬謖のことを痒いところに手の届く部下のように思っていたのではないかと思います。
      そうだとすれば、馬謖の兵士が何か言ってきても素直に聞いただろうと思います。
      一方、隊長のことは自分の方針に反することばかり言ってくるやっかいな部下だと思っています。
      その兵士が自分の方針に反する提案をしてくれば、気に入らないと思います。
       
      マントウの話ですが、もし私が外国語圏の人から「おにぎり、おにぎり」と言われたら「え、どうしたの? お腹空いたの?」と思ってしまいそうだなと思いました(^^;)
      よんよんさんの「マントウ」が上手に通じるとよいですね!

  2. 蒼天の献帝はなんだかいじらしくって
    ほっとけない魅力があって好きだったなぁ(´∇`)

コメントする