八十三、兄弟(1)

 漢中かんちゅうのような、かいの内では比較的平和で豊かな土地で生まれ育った俺たちでも、家から一歩出れば常に警戒心を持って身を守らなければならないと教え込まれて育っている。そんなことは、当たり前の常識だ。しかし、何に対して警戒し、何のために身を守るのか、俺はなんとなく分からなくなってしまった。
 こういう状態で前線にいるのは危険なことだ。俺が二十六年間積み重ねて来た常識が警鐘をならす。今回のような虚脱状態に陥るのは初めての経験ではあるが、感覚的に、最終的には二十六年間の実績のほうが断然の重さをもって勝つであろうと俺は確信している。
 軍隊はありがたい。かねや太鼓で、いつ何をやればいいか逐一指示される。決まった時間に決まりきったことをやる。これはいかなる苦しい戦況であっても兵隊がいつも通りに動けるようにさせるための軍事技術だ。三日三晩ぶっ通しで戦い続けて思考停止状態の兵隊であっても、体が動く限りは号令通りに動くであろう。
 俺はいつも通りの合図を聞きながら、いつもの仲間といつも通りに動いていればいい。それさえ確実にやっていれば、仲間が俺を漢中まで連れて帰ってくれるだろう。俺は何も考える必要はない。

 すいいかだで下る日がやってきた。我々の任務は、督後部とくこうぶ将軍が率いる工兵部隊の護衛だ。彼らが川を下って破壊工作をする間、敵から妨害があればそれを撃退するという仕事らしい。
 俺たちは呉将軍と一緒に川を下るが、征西せいせいはいくつかの部隊を引き連れて川上の北岸に上陸し陽動作戦を展開するらしい。川上で将軍が暴れている間に呉将軍がなんかをぶっ壊すんだ。
 今回、李隊長は発熱のため作戦には参加できず、お留守番だ。このあいだ隊長が無理やり医師の診察を受けさせて、熱が出なくなるまで外出禁止と言われてしまったせいだ。李隊長が言っていた「医者にかかったら絶対なんか病名つけられて病人にされる」という説は、正鵠せいこくていたんだ。
 作戦に参加できなくなった件については、李隊長は怒っていなかった。作戦中に具合が悪くなって正常な判断ができなくなって迷惑かけたらいけないもんね、と、意外にも冷静に受け容れていた。
 医者の診察を受けたあとは恐怖と緊張のあまりしばらくぐったりしていたのだが、医者を連れて行ったことについても李隊長は怒らなかった。たぶん、このあいだ熱をおして隊長のところに訊ねてきたのは、自分から医者にかかる勇気はないけど自分の体調についても心配で、誰かになんとかしてもらおうと思って隊長に助けを求めに来たのだろう。有無を言わせず医者を連れて行った隊長の判断は正しかったのだ。
 なんて手間のかかる人だろう。甘えん坊さんだな。医者ぐらい自分でさっさと行けって。

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“八十三、兄弟(1)” に2件のコメントがあります

  1. 李隊長、熱でお留守番なんですね
    病名つけられたら、素直に従うのが
    一番てすよ。
    医者にいくの緊張するんで
    甘えん坊になりますよ。

    「稲村ジェーン」の「ジェーン」って台風の名前にちなんでるんてすね。
    防災意識を高めないといけないですね。
    ここ数年、900ヘクトパスカル、
    最大風速60メートルの台風も発生してて、
    最大風速40メートル、940ヘクトパスカルの台風なんてたいしたことないなぁって思ってる自分がいます。
    油断は禁物ですね(汗)

    • 李隊長は自分でお医者さんにいく勇気もなければ医者にかからずに過ごす覚悟もなかったようですね。
      面倒をみてくれる友達がいてよかったのではないでしょうか。
      李隊長、人に頼るのが上手ですね。
       
      台風の中心気圧はあまり気にしたことがありませんでした。
      テレビの気象情報で「大型の」とか「超大型の」とか言っているのを漫然と聞いているのですが、ちゃんと気圧や風速を見たほうがいいですね。
      少し気にしながら見ることにします!

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