八十五、不如逃跑(にげるにしかず)(3)

 隊長は洗い終わった鍋を重そうにぶらさげながら、トボトボと天幕の中に入り、寝台の上に乗ると頭から布団を被って横になった。
「えっ! 朝から?」
「体調不良」
「え、マジに具合悪いんですか? お医者さん呼びましょうか?」
「いや、それほどのことでも」
「ちょっと顔見せて下さいよ」
「嫌だよ」
「やっぱ機嫌悪いだけなんじゃないですか」
「年とるとダメだよ。一日なんか頑張っちゃうと、もとに戻るまで半月ぐらいかかるんだぜ。信じられないだろ? 季寧くらいの年なら何があっても大抵一晩寝れば元通りだよなあ?」
「疲れてるんですか?」
「なんだか知らねえが嫌なことばっかり考えちまうぜ。そんなのは身体が元気なら難なくね返せるんだろうけど。あ~、年とるとダメだなぁ」
「年のせいですか」
「こうやってさあ、年とるにつれて身体が回復するまでの期間が一月になり三月になり半年になって、いずれは一旦なんかあるといつまでも治らねえってふうになって、しまいには簡単な風邪すらも治せずに死んじまうんだろうな。老衰として処理されるのか、なんか他の病名が付くのか知らねえがよ」
「隊長、百になってもピンピンしてそうじゃないですか」
「ピンピンしてる百歳ってのも、どんなもんだろな? 中身がまともならご長寿もいいだろうけど、季寧、百歳になった俺は耄碌もうろくして介護してくれてる孫の嫁のケツをんでるって予言してなかったっけ」
「介護は必要ないかもしれませんね。元気に歩き回ってケツを追いかけているかも」
「そんなに長生きしないよ」
「若い頃からいっぱい歩いてるから足腰丈夫そうじゃないですか。足腰が大丈夫なら年をとっても矍鑠かくしゃくたるもんなんじゃないですか?」
「若い頃の無理がたたって内臓ガタガタになってそうだぜ。還暦までもつ気がしねえ」
「なんで突然弱気になってんですか?」
「体調が悪いんだよ」
「さっきまで元気いっぱいだったじゃないですか」
から元気げんきだよ。本当の俺は棺桶かんおけに片足を突っ込んだ老人なんだ」
「ウッソだぁ」
「身も心もボロボロだよ。二度と太陽を仰ぎ見ることなんかできる気がしねえ」
「落ち込みすぎ。あのお、まさか自分が隊長の気に障るようなことを言ったからって、わざとおお袈裟げさに機嫌悪くなって嫌がらせしてるんじゃないでしょうね?」
「もう寝るよ。今日はもう急用以外で話しかけないでくれ。こう屯長には、隊長はウツで寝込んでますって言っといて」
「えっ、ウツ発症?」
返事がない。ああ、面倒くさいなあ。ウツなんか、そんな突然なるものかよ。それとも、ずっと調子悪かったのかな? このあいだ水に溺れて悪化したのかも。そして今日の俺のイジメでとどめを刺されたのかも……。

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“八十五、不如逃跑(にげるにしかず)(3)” に2件のコメントがあります

  1. 隊長さんの今回の気持ち
    スゴくわかります(汗)
    私も40歳過ぎたあたりから
    「二度と太陽を仰ぎ見ることなんかできる気がしねえ」って感じることが、よくあります(汗)

    料理誉められたら
    素直にありがとうって言えたら
    よいですね。
    デリケートな部分に触れてしまったら、しかたないですね。
    人の心は難しいですね

    • ほんの小さなきっかけで「二度と太陽を仰ぎ見ることなんかできる気がしねえ」という気持ちになることって、ありますよね……
      若い季寧くんには分からないかもしれませんが( ´艸`)
       
      素直にありがとうと言うことって、案外勇気が必要かもしれませんね。
      隊長は褒められても信じなかったり異常に照れたりするので、季寧くんにいつも言われているように、小心者なのかもしれません(笑)

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