八十五、不如逃跑(にげるにしかず)(6)

 なんなんだ? そんなに重症なのか? 今朝までニコニコしてお料理していたくせに、おかしいぜ。常々隊長のことを危なっかしい人だと思っていたが、こうまで弱っちいとは知らなかった。命の恩人なのに悪いことをした。しかしそもそも俺が溺れたのは隊長のせいじゃないか。屯長たちは焦燥もあらわに顔をつきあわせている。
「取り付く島がないね」
「困ったなあ」
「本当に、何があったんだ?」
黄屯長が俺に訊ねた。
「それ、言っちゃっていいものかどうか分からないんですよ。早く復活してくれないと一部始終をみんなに話しちゃうって言って脅迫したら、元に戻ってくれますかね?」
宋屯長が俺に向かって言う。
空元気からげんき出して無理させると後々逆によくないことになる。ウツはやっかいだぞ」
「休養が必要なんでしたっけ」
黄屯長が顔をおおった。
「まさかと思うが、もし万が一自殺なんか……」
宋屯長が黄屯長の肩に腕を回しながら言う。
「見張りをつけよう。常時二人体制で天幕に貼りつかせておこうよ」
またかよ。なんて手のかかる人だ。
 部隊は黄屯長の監督下でいつも通りの日課をこなす。何事もない単調な一日だ。何事もないはずなのに、妙にザワザワとして落ち着かない。小さい頃に、ありの巣の入り口に棒をつっこんだり水をちょっと注いだりしていたずらをして、蟻のあわてふためいた様子を観察したことがあったが、そういう時の蟻たちの様子に、今日の俺達は似ている。なんなんだよ。隊長がちょっとふて寝したというだけで、うちの部隊はガタガタだ。
 なんとなく右往左往しながら一日が暮れる。橙色だいだいいろの夕日が乾いた大地に没して行く様を見ながら、泣きだしたいほどの心細さを覚える。べつに、世の中の何が変わったわけでもないのにな。
 徒労感とともに、晩飯の列に並ぶ。おかずをよそう係の奴が、俺の顔をジロリと睨みながら怨めしげにおかずを盛る。すれ違う奴も、なんとなく肩を当ててきたり、とにかくみんなの態度がとげとげしい。みんな、俺が隊長をいじめたせいでこうなったって分かっているんだ。誰も面と向かって何かを言ってくるわけじゃないが、それがまた陰湿でいやな感じだ。俺だって隊長があんなふうになると分かっていたら最初からあんなことしなかったよ。モソモソと晩飯を食い、早々に天幕に引きこもる。こんなにギスギスとした空気は初めてだ。
 このあいだ隊長が「俺が機嫌よくしてるっていうのは、もの凄~く重要なことなんだぞ」とか「長と名のつく人はいつも輝いてなくっちゃだめだろ」とか言っているのを聞いた時には、なに言ってんだコイツ、と思ったものだが、それは実際に正しかったのだ。今日の我が部隊は全く何事も手に着かない烏合の衆だ。

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“八十五、不如逃跑(にげるにしかず)(6)” に5件のコメントがあります

  1. 隊長さん、みんなに慕われ得るってことなんでしょうね。

    上司が機嫌良くしてないと
    どうなるか、
    季寧くん、身をもって理解できたんじゃないでしょうか?
    あと、口は災いの元?

      • 勝手にお名前欄を「よんよん」に修正させていただきましたがよろしかったでしょうか。
        「ある瞬間から」というお名前は意味深な感じがしますね……自己啓発系なイメージです(笑)
        タップミスだったんですね。スマホあるあるです!

        • 名前の修正ありがとうございます
          m(._.)m
          『ある瞬間から』って名前、
          意味深でカッコいいかもしれませんね。
          最近、小さい文字がぼやけて見えないので、ピンチイン、ピンチアウトを繰り返してるうちに
          入力欄を間違えた上に、
          誤って送信してしまったかんじです。失礼しました。

    • 部隊の統制がとれているのはいいですが、みんな完全に隊長への依存体質になっていますね。
      指揮官が討たれたら部隊が壊滅するパターンですよ……ブルブル。
       
      季寧くんはふだんは大きな顔をしていますが、隊長にそっぽを向かれるとおろおろするしかないところがちょっと可愛いですね(?)
      口はわざわいの元と思っても、舌鋒が緩むことはなさそうですが(笑)
      次回をお楽しみに!

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