八十五、不如逃跑(にげるにしかず)(8)

「あの、ご機嫌はいかがですか」
隊長は恥ずかしそうに笑った。
「もう治ったよ。っていうか、機嫌が悪かったんじゃなくて、体調が悪かったわけ」
「朝元気だったのに突然寝込むからびっくりしたんですけど」
「すみませんでした。実はさ、なんにもしない日が一日欲しいなって思ってたとこだったんだ。そんな矢先に季寧が心ないことを言ってきたもんで、今日はもう無理! って思って天幕に逃げ込んだ」
「逃げ込んだ、って、よくそんな言葉を気軽に使いますね」
「百計逃げるに如かずだ」
「あのお、お疲れの時はふつうに、早めに休養とってくれればいいじゃないですか」
「休養が必要なのかどうかって、自分では分かりにくいもんじゃねえ? そこ間違えるとくたびれ過ぎて死んじまうのかもな。ギャハハハハ」
「え~。腹が減りすぎるとか、くたびれすぎるとか、そういう危険因子を徹底的に排除するんだ、っておっしゃってませんでしたっけ」
「だから、ああもうくたびれた! って感じたらなりふりかまわず寝ちまうわけ。おかげで今やスッキリごきげん元気だぜ」
「ふうん。じゃあ、隊長が突然寝ちゃったら、べつにとりたててびっくりする必要もないけど、急に寝ないで下さいよって制止してもいけないっていうわけですね」
「そういうこと」
「そういう情報はあらかじめ教えといてもらわないと。びっくりするじゃないですか」
「ごめんなさい」
「ま、健康第一ですね。心身ともに」
「あ~あ。まったく。年はとりたくねえもんだなあ。季寧はこのあいだ溺れた翌日にさっそく発熱してすぐもとに戻ってたけどよお、四十近くなるとだめだなあ。疲れを感じ始めるまでに三日くらいかかるぜ。鈍感すぎるだろ」
「じゃあもう身体感覚に頼ってたらだめなんじゃないですか。今日はいつもと違う活動をしちゃったから大事をとって早めに休養しておこう、とか、意識的に動かないと」
「あ~あ。嫌だねえ。そんな健康管理の方法、未知の領域だよなあ」
「ちょっと年配の方に教えを請って、健康管理のコツを覚えておいたほうがいいんじゃないですか?」
「そうだなあ。師団しだんの先輩のみなさん、五十六十というお年で俺なんかと変わらずに振る舞っておられるけど、ほんとはいろいろあるのかもな。あ~、そう考えると年上の人ってやっぱ偉えなあ」
「そんな当たり前のことに、今更気付いたんですね?」
「なんせ精神年齢五歳だからな」
おかしそうに笑いながら馬の毛をとかしてやっている。そっか、このあいだ溺れた時の疲れを回復させるために一日の休養が必要だったってことなんだな。俺も発熱した翌日は一日寝て過ごしたからな。ふうん、なるほど、そういうことだったか。
 隊長の言っていた通り、三日も経たないと疲れてることに気付かないなんてどう考えても鈍感すぎるが、ま、そういう年なんだろう。俺も隊長のことは兄貴だとは思わずに老父だと思って、せいぜいいたわることとしよう。なにはともあれ、隊長が元気になって、よかった。

《八十五、不如逃跑(にげるにしかず) 終わり / 次話に続く》

ページ公開日:

“八十五、不如逃跑(にげるにしかず)(8)” に4件のコメントがあります

    • 十年先輩からのありがたいアドバイスですよ、隊長!
      体力のご利用は計画的に……

  1. 隊長さんの「季寧が心ないことを言ってきたもんで」を、季寧くんあえてスルーしたのかな?

    逆に考えてると、季寧くんのおかげで、隊長さんは寝るきっかけを作れたのかな?

    イロイロありましたが、
    隊長さん元気になって良かったですね。

    季寧くん連載開始から6歳も歳とったんですね。
    毒舌も成長してる感じもしますが、
    空気を読むことも、学んでほしいですね

    • 隊長は季寧くんのことを部隊で最もズケズケものを言う兵隊だと思っていて、季寧を納得させることができるような働きをしていれば間違いないという目安にしていると以前言っていたことがあります。
      季寧くんの相手ができる状態であるかどうかが休養をとる目安になるかもしれませんね。
      そういう意味では最高の従卒だと思います。
       
      季寧くんは以前、自分のつっけんどんなところが好きだと言っていたことがあるので、空気を読む気はさらさらないと思います。
      というより、空気を読んだうえで、このくらいは言ってやろうというぎりぎりのところまで言っている感じですね。
      時々読み誤って隊長がへそを曲げますが、こまめにトラブルをおこしたほうが互いのことがよく分かっていいかもしれません(笑)

コメントする