八十六、論功行賞(1)

 論功行賞ろんこうこうしょうというのは、妙な言葉だ。字面からすれば、功績のあった者を賞するという意味なんだろうが、少なくとも我々の業界では、ヘマをした者を罰することも含まれている。功罪の査定、というような意味なんだろう。
 このあいだの渭水いすいでの任務は失敗に終わったんだ。我々の任務は将軍の工兵の護衛だったが、呉将軍は戦死して、工兵にも甚大な被害が出て、彼らに破壊工作を遂行させることもできなかったから、これは明らかに我々の失敗だ。
 隊長にはおとがめなしだった。戦死したと思われている間に論功ろんこう行賞こうしょうが終わっていたのもよかったんだろう。うちの部隊から敵への攻撃許可を何度も求めたことはちゃんと証言されたし、呉将軍がそれを却下してなすすべもなく立ち往生したことも理解されたし、隊長が水中に没するまで少しも逃げる素振りもなく持ち場に立ち続けていたこともよかったようだ。
 そして何よりも、丞相じょうしょうが、今回の作戦の失敗は自分の策が敵に読まれていたためであると認めたことが大きかった。征西せいせいが上流で行った陽動作戦が見破られて、本命は下流での破壊工作だと敵に気付かれたために、来るはずのない敵兵がやってきて工兵が作戦遂行できなくなったのだ、と、こういうことになっているらしい。来るはずのない、なんつって、そんじゃあなんで護衛なんか付けたんだ? って感じだけどな。
 しかし偉い人だ。普通なら、失敗は全て部下のせい、成功は全て自分の手柄、みたいな顔をするもんだけどな。丞相はちゃんと、自分が悪かったって言うんだ。上の人がそういう態度をとってくれると、俺たちのような下々の者は、丞相に「自分が悪かった」なんて言わせないように頑張ろうって思っちゃうよな。
 たぶん、三国の中で兵士が一番強いのは呉だと思う。次が我が国だ。魏は取るに足りないほどのヘナチョコ揃いだ。呉の兵士が強いのは、兵制のせいだ。呉では大部分の兵士が将軍直属であって、人員の異動はほとんどないから、結束が強くて「親分のためにがんばろう」みたいな感じでよく働く。だから強い。我が国と魏は、将軍直属の部隊というものも一部には存在するが、基本的にはその時その時で人員が割り振られるんだ。だから呉のような強さはない。で、我々と魏との違いは何なのかと言うと、それがたぶん、丞相なんだと思う。

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“八十六、論功行賞(1)” に2件のコメントがあります

  1. 失敗は部下のせい………
    過去に共有されてない情報の責任とらされてる方々が身近にいたような(汗)社会は厳しいですね(汗)

    今回、作戦失敗の責任を押し付けられなくて良かったですね。

    軍隊だと呉のような体制が
    結束が高くて良いかもしれませんね
    ただ反乱が起きるリスクも高くなりそうな気がします。

    • 失敗を部下のせいにしないような風土の職場で働きたいですね(>_<)   呉のような体制だと、将軍と兵士が一蓮托生の仲のようになりそうでよく働きそうですが、君主が将軍を掌握できなければ悲劇がおきそうな気がしますね。 軍事クーデターは近現代でもいろんな国でおこっていますね……

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