八十六、論功行賞(2)

 うちの部隊が川の真ん中で立ち往生したのは、呉将軍が敵への攻撃を許可せず退避を指示したせいなのだが、呉将軍のその判断は決して間違ったものではなく、ごく当たり前の判断だ。敵が現れた以上は、無理をせず作戦を中止して被害を最小に抑えて退却しようと考えるのは、あの状況であれば妥当だったと思う。で、さっと南岸に上陸できると考えたのも、まあ当然だったと思う。
 呉将軍はうちの部隊が自分達の倍の数の敵にも平気で向かっていけるようないかれた戦士集団だとは知らなかったんだろう。我々のことをそこらへんの普通の部隊と同じ程度のものであると考えたとすれば、上陸して敵を攻撃させるなんて卵で石を打とうとするようなもの、被害を広げるだけだ、と考えるのが当たり前だ。
 南岸への退避が滞ったのは、いかだぎ手が我先にと逃げ出したためだ。もし彼らが冷静に筏を漕いでくれたとすれば、すんなり退避して、被害も小さく済んだことだろう。彼らが逃げたことが誤算だっただけだ。これについては、民間から熟練の漕ぎ手を徴用して事が足りると考えた丞相の判断が誤りであったかもしれない。もっとも、当初の丞相の計算通り、現場に敵兵が現れなかったとしたら、漕ぎ手が民間人でも充分事足りるはずだったのだ。
 つまりは、お互いのことがよく分かっていなかったための失敗だったのだ。もし工兵を率いているのが征西せいせいだったとすれば、隊長が「五里ほど離れたところに千人くらいの歩兵がいる」と言った時点で、「上陸してひとっ走り様子を見て来い。もし敵だったら蹴散けちらして来い」って指示をくれたと思う。将軍は俺たちがどの程度できるか知っているからな。その場その場で人員を割り振るやり方は便利かもしれないけど、いつでも最高の力を出し切ろうと思ったらやっぱりいつも一緒にやっている同士でやらないとだめだと思う。隊長は何一つ文句も言わず、大人しく呉将軍の言う通りにしていたけどさ。

 隊長は本件については口を閉ざしている。隊長が最後まで持ち場を離れようとしなかった態度は、呉将軍の側から見れば随分立派な態度に見えたようだ。呉将軍を戦死させたので護衛の役割を果たしたとは言い難いが、彼は最後まで任務に忠実であった、ということに衆議一致したらしい。
 なにが任務に忠実だよ。ちゃんちゃらおかしいぜ。隊長は自分が水に入るのがおっかなくてあそこにとどまっていただけじゃないか。いえいえ自分はただ水に入るのが怖かっただけですよ、と正直に白状せずに、なんか美談みたいにまとめられちゃったまましれっと黙っている隊長の態度が不可解だ。
 いやべつに、黙っていたっていいんだけどさ。人から誤解でいいように解釈されちゃった時に、おっとこいつはオイシイな、このまんま黙ってそういうことにしとこっと、って考えるのはごく当たり前の人情だ。しかし、隊長は自分の格好悪い話はいつも自分で面白がってゲラゲラ笑いながら暴露しちゃう人だ。今回の沈黙はどうもらしくない。不可解だ。

ページ公開日:

“八十六、論功行賞(2)” に5件のコメントがあります

  1. 隊長さんが筏で粘ってたのは
    すぐに逃げちゃうと
    護衛部隊が
    作戦失敗の責任取らされいようにするためだったのかな?

    漕ぎ手と一緒に逃げてたら
    厳しい罰が待ってたかもしれませんね。

    • 漕ぎ手が逃げ出すのと同じタイミングで逃げるのはありえませんね、プロなので(笑)
      あした黄屯長にそのあたりを確認してもらいます。どうぞお楽しみに!

  2. 「こんな美談みたいに言われるのなんてちゃんちゃらおかしいぜ」って思ってはいるんでしょうが、きっとこの状況が1番誰も責任を取らされたり、つらい思いをせずに済む落としどころだと考えたんでしょうか…
    いっつもカッコいいんですよね、隊長♪磨かれて強くやさしい男ができるのならば、一体どれだけの経験をしてきたのか…想像を絶します(T_T)

    • 隊長がどんなことを考えているかは明日 黄屯長に聞き出してもらいましょう!
       
      隊長は失うものが何もないから無私の優しさを持つことができるのかなと思います。
      無心にみんなを愛する以外に生きるすべがないという崖っぷち人生です……
      隊長の空白を憎悪で埋めずに愛情で埋めさせたのは東州兵時代の先輩だったりその後の上官の張飛だったりするのかな、と思いますが、そこらへんはまだ書いていないので分かりません!(書く予定も今のところないです(^^;))
      自分で書いているんですが、この世界の全容は私もまだよく知らないんです(笑)
      登場人物のみなさんは私とは違う次元でちゃんと生きているのかもしれませんね。

  3. 隊長のことは強くて優しくてかっこいい人を書きたいと思って書き始めたのですが、いつも馬鹿みたいで臆病で甘えん坊な人になりました。
    面白い現象だなぁと思います。
    私は無闇に強くてかっこいい人には魅力を感じなかったのかもしれません。
     
    臆病で甘えん坊な人がどうやって戦うのか、ということに私は興味があるのかなと思います。

コメントする