八十六、論功行賞(3)

 隊長とこう屯長が仲良く肩を並べて座りながら、せっせとインゲン豆のすじ取りをしている。黄屯長が料理を手伝うなんて、初めてなんじゃなかろうか? 妙な光景だな。黙々と筋を取っていると思ったら、黄屯長が思いつめたようにこう言った。
「本当のことを言って下さいよ」
「え、何? その質問の仕方、怖え。言っちゃえるような話かなあ?」
「このあいだ、指揮を放棄していかだに残っていたのは、水が怖かったせいじゃないんでしょう?」
「筏に残っていたのは水が怖かったせいです」
「どうして指揮を放棄したんですか?」
「みんなを馬鹿に付き合わせるわけにはいかない」
「いいんですよ、付き合わせても。そういう立場です」
「指揮を放棄したわけじゃない。黄屯長に託したんだ」
「死ぬまであそこにいるつもりだったんですか?」
「死ぬ気なんてさらさらなかったぜ。工兵やみんなが南岸に渡るのを見届けたら俺もぼちぼち渡るつもりだった」
「そんな悠長なことができる状況だったと思いますか?」
「できる。できない時は俺が死ぬ時だ」
「情けないですよ。我々生死を共にする仲じゃないですか」
「黄屯長のことを信頼してるんだよ」
なんの話かな? 隊長はやっぱり「韓英は最後まで持ち場を離れませんでした」をやるつもりで筏に残っていたのかな。で、水が怖くて冷静な判断能力を失った大馬鹿野郎みたいな顔をしてみんなを呆れさせて心おきなく隊長を見捨てて渡っていかせようとしたということなんだろうか。見捨てて行くなんてできるわけないじゃないか。いかに隊長が大馬鹿野郎でも。ナメた真似しやがって。
 黄屯長もきっと俺と同じ感覚を抱いたんだと思う。むっつりと黙りこくっている。隊長もしばらく黙々と豆のすじ取りをして、おもむろに言った。
馬鞍山ばあんざんはほんとに大変だったんだ」
夷陵いりょうの戦いで先帝が大敗した時、敵の追撃を避けて立てもっていた山の名前だ。
将軍が先に死んじゃったからさ。いつまで抵抗を続ければいいのか分からなかった」
将軍は撤退の殿しんがりを請け負っていて、先帝が退却する時間を稼ぐために馬鞍山ばあんざんに留まって死ぬまで戦った人だ。隊長、そんなとこにいたのか。精鋭だから粘って時間稼ぎしてくれそうだと思われて殿しんがりに回されたんだな。
「だからさ、もうここらへんでいいだろうってとこで、みんな逃げろよ~って合図を出すのも指揮官の責任だと思ってるんだ。合図なんかなくってもマズいと思ったらスタコラサッサと逃げちまうような烏合の衆を率いているのならそんな心配はいらないんだろうけどさ。みんなはそうじゃないから、黄屯長のことを頼りにしてます」
「そういう時は一緒に逃げましょう」
「簡単に言ってくれるねえ」
隊長は肩を揺すりながら声を立てずに笑った。
「今回みたいなのも、俺あ溺死したことになってたからおとがめなしなんだぜ。もし我先にと泳いで逃げちまってたら、論功行賞ろんこうこうしょうで絶対無事じゃあ済まねえよ。しかしそんなことは俺の都合だからみんなは先に逃げろ」
隊長はニマッと笑って、黄屯長をひじでつついた。
「年俸六百石もらってにしき戦袍せんぽう着るってのは、そういうことなんだぜ。こうさんも出世願望あるんなら、そこらへんの覚悟は固めといたほうがいいだろうな」
 ちまちまと豆のすじ取りをしているこのオッサンは、ほんとに偉い人なんだな。大勢の人命を預かっているから、よけいにちまちまとした趣味が必要なのかもしれない。今日の大蒜にんにくの利いたインゲン豆のあえ物も、美味しかった。

《八十六、論功行賞 終わり / 次話に続く》

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“八十六、論功行賞(3)” に3件のコメントがあります

  1. 隊長さん、スゴく真面目ですね。

    黄屯長、部下をまとめる人間の厳しさを学んだでしょうね。

    話変わりますが
    台風19号脅威ですね。
    長文になります
    僭越ながら
    まるクルルさんお住まいの地域に
    台風が直撃で、
    ご自宅が木造の一戸建てなら
    避難所を利用するのも有りかと思います。
    私、建築士の資格を持ってまして、
    木造住宅の耐風基準を調べたところ
    台風19号は一番厳しい耐風等級をこえている可能性があります。
    暴風で住宅が破損するおそれがあります。
    暴風の中の避難は危険なので
    早めの避難が無難かと思います。

    Twitter見ましたが、
    風で飛びそうで気になるものは、
    屋内に移すか、しっかり固定するのが良いかと思います。
    今回の暴風は軽自動車くらいなら
    簡単に横転できるかと思います。

    沖縄に住んでて台風慣れしてる私でも、今回の台風19号はヤバイと思います。

    長々と書きましたが
    大きな被害がでないことを
    願うばかりです。

    • 隊長はまじめですねぇ。
      季寧くんに言わせたらクソ真面目と表現するかもしれません(^-^;)
       
      台風のご心配をいただきありがとうございます。
      よんよんさんは建築士の資格をお持ちなんですね。
      木造住宅の一番厳しい耐風等級を越えるおそれがあるとは……!
      うちは木造一戸建てですが、避難所も古い建物で信頼できないので、自宅でシャッターを閉めて1階で過ごすことにしました。壊れる時は屋根や2階が先だと思うので……
      洪水や土砂崩れの心配はない場所ですので、風で家が壊れなければ大丈夫なはずです……
       
      今回、暴風域が広いですが、大きな被害がでないことを祈ります!

      • 当方、台風のピークを過ぎました。
        家も近所も無事の様子です。
        ご心配いただきありがとうございました。
        これから雨風が強まる地域もあるかと思います。
        どうか大きな被害が出ませんように!

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