八十八、牽牛花(あさがお)(1)

 夕方だ。隊長が地べたに座ってしんみりと戦袍せんぽうそででている。
「あのお、じっとしてると蚊に刺されますよ?」
「大丈夫だよ、長袖だから」
「指先とか刺されるとめっちゃかゆくないですかね?」
そうかもしれないけどそんなことを問題にする気分じゃない、と言いたげに、隊長は戦袍せんぽうに視線を落としてまたそでで始めた。
「なんでそこ触ってるんですか?」
かいこのことを考えていたんだよ」
「…………」
え~っと、確かに、隊長のその戦袍せんぽうは絹でできていますからね。そでのスベスベした感触をもてあそびながらかいこに思いをせていた、と。なんでやねん。俺の疑問をよそに、隊長は顔をあげて夕陽を眺めながらしんみりと言った。
かいこはさ、こんな丈夫な糸でまゆを作らなければ、人類に利用されることもなく、自由にさなぎから出てになって卵を産んだりできたんだろうにな」
「人類に利用されているから、毎日腹いっぱい桑の葉を与えられて繁栄を極めているんじゃないですか」
「大人になるために立派なまゆをつくるのに、そこを破って出られねえ。不憫ふびんだ」
「そんなピッカピカのにしきまとっていながら何言ってんですか?」
「残念でならないよ、かいこの吐く糸がこんなに素晴らしい素材になるなんて」
「なんか悲しいことでもあったんですか?」
「悲しいなんて言い出したら生まれる前からずっと悲しいぜ。生き物は必ず死ぬんだ。せめて生きてる間くらい仲良く楽しく幸せに過ごせばいいのにな」
おかしいな。もう夏本番なのに、なんでウツみたいなこと言ってるんだろう。ほんと面倒くせえ。
 隊長の落ち込むのももっともだと思う。いろいろ心ないことを言う人がいるんだ。このあいだ、隊長は川で溺れて任務を離れたわけだけど、それをわざと溺れたようにして泳いで逃げたんじゃないかとヒソヒソ言っている人たちがいるんだ。溺れたと見せかけて、ほとぼりが冷めた頃にひょこり戻っておとがめなし。まあ、そう疑われるのも無理はないけどな。実際、三日も経ってからピンピンして戻って来たんだから。
 将軍の破壊工作が失敗に終わったからと言って、それが隊長のせいじゃないっていうのは誰でも分かっている。しかし、隊長ができることを全部やったのかという話になると、いろんな意見の人がいるだろう。そもそも、軍隊では結果が全てという風潮がある。途中経過で何をどう頑張っていようとも、結果が悪ければ、何を言ったって言い訳にしかならないんだ。

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“八十八、牽牛花(あさがお)(1)” に2件のコメントがあります

  1. 隊長さん、うつモードですね。
    敵の陣地から無事に帰ってきたことで、陰口を言われてるんでしょうね?
    讒言のせいで君主に疑われた武将もいますから、
    隊長さんといえども、厳しい状況なんでしょうね。

    世の中、結果がすべてですよね。
    以前、仕事で
    「よんよんさん頑張ってるのは知ってるけど、結果出せないとこれ以上フォローできない」的なこと言われたことあります(汗)
    廻りの人に迷惑かけたかなと、
    イロイロ反省しました。

    • 蚕に執拗にこだわったり、生まれる前からずっと悲しいなんて言ってみたり。落ち込み方が極端すぎてなんだか面白いですね。(本人はいたって真面目なはずですが。笑)
      日頃きちんとやっていればいるほど何か失敗した時に鬼の首を取ったように言ってくる人っていますからねぇ。
       
      結果がすべてなのは本当にそうですね。
      ゆとりがある時は協力だの信頼だの成長だのと言っていても。
      時間とお金がたっぷりあればきっと優しい人ばかりに違いない!

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