九十一、予感(7)

「いや隊長がどう答えるかは知りませんよ。ほぼ無理なんじゃないですか? そのケないってはっきり言ってましたよ」
「そういう先入観で可能性を閉ざしてしまうのは惜しいね。自分で自分の限界を決めるな、ってよく言うじゃない? 思い切って一歩を踏み出せば素晴らしい世界が広がっているかもしれないよ。オレたちは世界を手に入れることはできないけど、世界と一体になることはいつでもできるんだからね」
「それなんの宗教ですか?」
「哲学だよ。老荘ろうそう思想しそう
老荘ろうそうっていうと、なんとなくならず者の気配が漂いますけど……」
儒教じゅきょうこそ外道げどうなんじゃない? 人類はいろいろな道具を手に入れておごっちゃって自然の声を聞けなくなったから礼とか法とか言い出したんだよ」
「なんの話ですか?」
「哲学の話。アハハハハ。まさか季寧くんと哲学の話をするとは思ってなかったねえ」
いや、べつに俺哲学の話してないっす。李隊長が勝手にしゃべってただけっす。
 恋愛相談。哲学の話。なんでそんな話題を俺にふるのだろう。兵卒を路傍の石のように見なす人もいるが、うちの隊長にしても李隊長にしても、ちゃんと対等の人間のように会話をしてくれる。兵隊のことをちゃんと人間として扱うのは大切なことだ。きちんと相手をしていれば、思わぬところから有用な情報が得られることもあるだろうからな。逆に、兵隊を石ころ同然に見做みなして兵隊が聞いているところで声高こわだかに機密情報なんかをしゃべってしまうと、思いもかけぬ情報漏洩が起こったりもするだろう。声高に機密情報をしゃべっていても、聞いている兵隊のことをいつもちゃんと人間として扱っていれば、兵隊も将校殿の不利になるような情報を口外することはない。
 隊長が鍋を片付け終わって歩いて来た。李隊長を発見して、目を丸くしている。
「おはようございます。どうしたんですか、こんな所で。油ならりませんよ?」
「アハハハ、それどういう意味? 油を売ってないでさっさと職務に戻れって言ったのかい?」
「忙しくないのかなあと思って」

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“九十一、予感(7)” に2件のコメントがあります

  1. 手作りお菓子の時は、冗談かなと思ってたんですが、
    今回はバッチリ武装して、七星作戦前なんでガチの可能性高いかなと(汗)

    20代前半にマンガ孔子の思想、老荘の思想、孫子・韓非子の思想を読んだことあります。
    内容はほとんど覚えないんですが、
    孔子より老荘が面白かった印象があります。

    兵卒は人間扱いされないんですね。
    文字を読み書きでるか、
    出来ないとかで差が出ちゃうのかなと思いました。

    • 隊長は司馬懿打倒を目標にしていましたから、もし李隊長が白馬の王子様みたいに作戦成功させたらそのままハッピーエンドに……?
      隊長は甘えん坊でいつも寂しくて誰かに頼っちゃいたい人ですから、李隊長が力強く誘えばありえない話ではないかもしれません。(本当かな)

      老荘は話が宇宙規模(?)になりますから、怪力乱神を語らない孔子よりも派手ですよね。
       
      将校と兵卒の違いは、君子と小人の違いみたいなものだろうと思います。
      古代中国の士大夫の考え方では、君子だけが人で、女性や小人は家畜と同じだったのではないでしょうか。
      孔子が「女子と小人とは養い難し」と言っていますので。
      発言権なんかない、養われるだけの存在だったろうと思います。

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