九十二、運命の地(4)

李隊長は魂の抜けた人のように無言で首を横に振る。
「どうしても行かなきゃいけないんですか?」
こっくりとうなずく。
「じゃあ、私いっしょに行きますよ」
「え……だめだよ」
押し出すようなかすれ声だった。
「だって危ないよ。それに勝手に持ち場を離れたら将軍に叱られちゃうよ」
「可愛らしく『ご機嫌伺いに来ました~』って言って、『ついでに作戦の成功する瞬間にもご一緒したいですぅ~』っておねだりしたら、きっと追い返されないと思いますよ」
「アハハハ、よく分かってるじゃない。たぶんそうだね。でもさあ、ほんとに危ないと思うよ。なんでわざわざ来るの? 馬鹿なの?」
「馬鹿です。知らなかったんですか?」
こう言うとにっこりと笑って、李隊長を伴って自室に戻ってウキウキと出かける支度を始めた。本当に馬鹿だ。きっとさっき「オレをさらって地の果てまで逃げる気ない?」という誘いを断ったことに責任を感じているのだろう。李隊長の言う通り葫蘆ころこくという場所がそんなに危ない場所なのかどうか、俺には分からないけどさ。

 留守中のことはこう屯長に託した。隊長が急に思いついて仕事をほっぽらかしてどこかへ行くということはちょくちょくあるから、誰も慌てない。作戦が計画通り進めば明日の夕方には帰って来るそうだ。黄屯長も気軽に請け負った。
 営門まで送って行く。物怖じもせず楽しげに千金せんきん鼻面はなづらを寄せるクロ。千金も満更でもない様子で泰然と挨拶を受けている。隊長はクロの首筋に手を当ててこれから乗るよと合図をして、慣れた動作で騎乗した。と、即座にさっと馬から下りた。
「お忘れ物ですか?」
「いや……」
何か考え込んでいる。なんだろう。まさかおじづいたわけじゃあるまいな。と思っていると、俺の二の腕をバシッと叩きながら
「じゃあな」
と言い、ニッと笑ってひらりと馬に乗ると、振り返りもせずさっさと出かけて行ってしまった。なんなんだよ。
 星がちらちらとまたたいている。明日は雨だ。雨具を持たずに行ってしまった。きっと濡れて帰って来る。

《九十二、運命の地 終わり / 次話に続く》

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“九十二、運命の地(4)” に2件のコメントがあります

  1. 葫蘆谷には
    通常の馬の三倍の速さで走る
    赤兎馬に乗って
    「見せてもらおうか
    蜀軍の七星作戦とやらを!!」
    と言ってる仮面の武将がいるかもしれませんね。

    明日は雨‥‥‥

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    • 赤い彗星ですか( ´艸`)
      「丞相と約束したんだ。ぼ、僕が司馬懿を引きつけておくってな」
      ガンダムのせりふを上手につなぎあわせればそれで小説が書けそうですね(笑)
       
      李隊長、危険を察知する能力があってもそこに戻ってしまうなら恐怖心がある分 損をするだけですね……
      次回をお楽しみに……

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