九十七、秋風五丈原の怪(10)

「これ妄想じゃねえのかよ。マジか。ああヤベえ……死ぬ……。これはただごとじゃねえ……」
「あのお、そう深刻に受け止めずに気楽に横になってて下さいよ」
「痛いよ~、苦しいよ~、死んじゃうよ~」
「そうやって動揺してると身体に悪いじゃないですか。心配だったらお医者さん呼びますよ?」
「嫌だよ~」
「なんで嫌なんだよ。馬鹿かよ」
俺がグシャグシャと自分の頭をかきむしりながら溜息をついていると、今日は特別に一緒に上番している副勤務兵の幼信ようしんが俺の耳元でコソっとこんな話をした。
「俺ふだん季寧が隊長のことを小馬鹿にしたようなこと言ってんのなんでかなあと思ってたんだけどさ、今日間近に見てて、なんかその感じ分かったわ」
声を殺して笑っている。具合悪くて寝ていても人から笑われるなんて、ほんと変な人徳だよ。

 さっき医師が処方した「よく眠れるお薬」が利いてきたらしく、隊長は「オエ~、気持ち悪い」とか「一服盛られた」とかぶつくさ言いながら、うなされながら眠るともなく寝入ってしまった。やれやれ。やっと大人しくなった。なんか時々うめいたりもだえたりしているけどさ。黄屯長が医師との話を終え、部屋に入って来て几案つくえの上に目を留めた。
「これは隊長が書いたものだな?」
几案の上にはさっき隊長が考え込んだり書き損じたりしながらのろのろと書いた文書が開いたまま載っている。
「はい」
「いつ書いたものだ?」
「ついさっき、夕食の前です」
そういえば、隊長が書類を几案の上に広げっぱなしで離席することなんかついぞなかったな。
「いつもと全然筆跡が違うじゃないか」
「ああ、はあ。そうですね」
言われてみれば。いつもと同じく端正な文字ではあるが、のろのろと書いていたせいか、一画一画に墨がたっぷりとのっていて、あたかも血が滴るようだ。これは怖い……。もし万が一このまま隊長がはかなくなったとして、これが隊長の絶筆です、って言って人に見せたら、ぜったいなんか呪いとかかかりそうで怖がられるだろう。
「さっきものすごく書きづらそうに頭をかかえながら一文字一文字書いていらっしゃったんですけど、これ一体なんの書類なんですか? そんなに難しい内容なんですか?」
「まったく……。こんなもの、なんでもない実用的な文書だよ。急ぎでもなんでもないのに、どうして体調が悪いのを我慢しながら書くんだ。体調が悪いならそうと言ってくれればいいのに。本当に情けない」
長年連れ添った部隊副長にこんな溜息をつかせるなんて、隊長もなってないなあ。と思って隊長を見やると、隊長は瀕死の人のような顔色で目を閉じて微動もせずに喘鳴だけを立てている。

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“九十七、秋風五丈原の怪(10)” に2件のコメントがあります

  1. 黄屯長の気持ちは複雑でしょうね。
    隊長さんもぐっすり寝て
    少しは落ち着くと良いですね。

    チェリーパイとおはぎ
    確かに日本人にはおはぎの方が
    わかりやすいですね。
    翻訳にもいろんな方法があるんですね。

    日本の三国志人気は
    中国の三国志マニアのお陰でかなと思います。
    三国志以外にも魅力的な歴史物ありますよね。
    私、銀河英雄伝説の田中芳樹先生がきっかけで、岳飛伝や隋唐演義、楊家将演義の存在を知りました。
    三国志に負けず劣らず、魅力的な作品だと思います。

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    • 隊長はやる気がなくてさぼる時は堂々と黄屯長に仕事を押しつけるのに、体調が悪い時に頼らないというのは意味が分かりませんねぇ。
      具合が悪いことを認めたくなかった(気のせいだと思っておけば治ると思っていた)のかも??
       
      日本で三国志が人気になったのは三国志演義があってこそですので、中国の三国志マニアのおかげですよね。
      以前中国書籍専門店で歴史書を見ていたら、近くに歴代王朝の演義がずらっと並んでいるコーナーがありました。
      そこに随唐演義もあったような気がします。
      宋の趙匡胤が出てくる演義をパラパラと読んでみたところ、水滸伝のような雰囲気で面白そうでした。
      岳飛伝は中国でとても人気がありますね。

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