九十七、秋風五丈原の怪(8)

 お医者さんが薬の材料を取りに帰ると、隊長は布団からもそもそと顔を出して言った。
「絶対安静~? べつに、ちょいと痛苦しい以外は案外元気だぜ~?」
「ちゃんとお医者さんの言うこと聞いて大人しくしてたほうがいいですよ」
「…………」
大人しくなったと思ったら突然呼吸が不規則になってぐったりしたのでびびっていると、しまいに土気色つちけいろの顔になってがっくりと死んじゃったからびっくりした。まさかな。一緒にいた黄屯長が慌てふためいて
「隊長ー!」
と叫びながら隊長をバンバンと叩いている。なんか、これに似た光景も以前どっかで見たような。そうだ、崖登りの訓練で転落事故をおこした時だ。あの時黄屯長は頭を打ってる人を揺さぶるという危険なことをしていたんだっけ。
 どうなっているんだろう。さっきは冗談で言っていたが、まさかほんとに呪い殺されたんじゃあるまいな。超怖え。しかし、隊長が死ぬなどということがありうるだろうか。到底信じられない。そもそも隊長は丞相の妖術でよみがえった僵屍キョンシー戦士だ。そういえば、近頃、丞相の持病が重くなり寝込んでいるという噂を聞いたが、もしやそのせいか。丞相の身に万が一のことがあれば、妖術がとけて隊長も死体に戻ってしまうのかもしれない。
 黄屯長があわあわしながら身振り手振りでどうやら俺に医者を呼びに行けと言っているようなので、俺もはっとして部屋から駆けだすと、ちょうど軍医が薬の材料を持って戻ってくるところに出くわしたので俺は有無を言わさず医師の腕をつかんで部屋の中に放り込んだ。
 さすがは体育会系軍医だ。兵隊から手荒に扱われても少しも驚かない。隊長の状態を見ると、よっこらせと裏返して、活殺かっさつの急所にまさかの打撃攻撃を加えた。とどめを刺す気だろうか。いや、活殺の急所は活法かっぽうにも使えるんだった。そして、医術の場合は急所ではなくツボと呼ぶ。隊長はぶつぶつと
「う~、痛いよ~」
と言った。なんだか気の毒だな。そういえば、前に確か、寿命はあと五年しかないものだと思ってるとかなんとか言っていたっけ。その言葉を聞いてからちょうどきっかり五年だ。すごい有言実行だな。せっかく五年で上手に死んだのに、無理に蘇生させるのは可哀想ではないんだろうか。隊長は以前、自分の不死身説について「一回死にゃあ充分じゃねえか勘弁しろ」と言っていた……。
 すごいな。軍医の神業で、隊長はまた何事もなかったように痛苦しみながらへらへらと笑っている。軍医は薬を調合して隊長に飲ませた後、黄屯長に隊長の状態を説明するために別室に出て行った。隊長は心細そうな表情をしながらもなおもへらへらと笑みを含んでいる。俺は素朴な疑問を口にした。
「あのお、どうして始終笑ってるんですか?」
「笑ってなかったら痛いほうに意識が集中しちゃう。辛すぎる」

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“九十七、秋風五丈原の怪(8)” に2件のコメントがあります

  1. 隊長さん、一度死にましたよね!?
    やっぱりキョンシーなんでしょうか?
    不安定なのは精神面だけではないようですね?
    次回、棺桶に入ってたりしないか心配です。

    フロランタンを検索しましたが、
    手間暇かかりそうなのに、
    食べたくなったら作くるなんてスゴいですね!
    なんかスゴく憧れますよ!

    三国志で蜂蜜といえび袁術?ですが
    曹丕にも蜂蜜の話題あるんですね。
    お肉に蜂蜜って合うのかなと思いしたが、味が淡白ならコクを出すには
    ありかもしれませんね。

    「全三国文」って書物?もあるんですね。
    まるクルルさんはイロイロな本を読んでて、いつもスゴいなと思います。

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    • 先生の蘇生のさせ方を見ると機械っぽくも見えますね。
      背中に再起動スイッチがついているのではないでしょうか。
      もしキョンシーだとしたら、棺桶に入ってからが本領発揮ですね(?)
       
      フロランタンを作るのは面倒なんですが、買うよりも安くできるのと、自分好みの味で作れるのがよくて手作りしています。
      手間暇かけてお菓子を焼いているお母さんって、昔の欧米の小説に出てきそうですよね。
      子供が学校から帰ると家に甘い香りがしていて「今日はマミーがアップルパイを焼く日だ!」というパターンです。
      私は自分が食べたいだけなんですが(笑)
       
      袁術は最期に蜂蜜ドリンクを欲しがったと記されてしまったせいで、すっかり蜂蜜おじさんのイメージになってしまっていますね。
      曹丕は料理に飴や蜜を使うということに驚いて詔を発したのかもしれませんね。
      肉料理に蜂蜜を入れると、照りが出たり、コクが増したりする気がします。
      甘み自体はお料理の味の邪魔にならないと思います。
       
      「全三国文」はいろんな書物から三国志に関係する記述を抜き出してまとめてくれているもので、清の厳可均という人が編纂したものだそうです。
      三国志のことをググっていてたまたま見つけました♪

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