九十七、秋風五丈原の怪(9)

「そんなに痛いんですか?」
「考えたくもないほどだ!」
「どこらへんが痛いんですか?」
「う~、全部~、全部だ全部! ここからここまで全部だ!」
隊長は腹から鼻の下あたりまでの範囲を手で示した。
「ああ~、畜生~。……探せ。探し出して殺せ!」
「え、だ、誰を?」
「俺への呪いの人形を持ってる奴! クッソ~、ナメたまねしやがって!」
言いきって顔面蒼白になってゼエゼエと息をついた。
「あのお、呪いの人形なんて、本気で信じてるんですか?」
目を閉じてゼエゼエと喘ぎながら憎々しげに話す。
「野郎……時々……ぎゅーっと握っては離すといういたずらをしながら……楽しんでいたに違いねえ……。今日はとうとう……面倒になって釘を……ガーンと打ち込んで……飽き足らず……踵でぐりぐりと……踏んづけて……やがる……。ナメたまねしやがって……誰だか……知らねえが……まさか……女じゃねえだろな? ……」
「女に呪い殺されるようなことしてるんですか?」
隊長はしばらく目を閉じたままゼエゼエいってから、静かにこう言った。
「呪い殺された? じゃ、今お前が会話してる相手は幽霊だってわけだ。あはははは」
「妄想ですよ。あ、ひょっとして、呪われてるって思いこんでるから精神力で痛くなってるだけなんじゃないですかね?」
「おおなるほど。気のせいか。そうかもな。ギャハハハハ」
隊長はにわかに笑顔になると、ぴょんと飛び起きてすたすたと歩いて小鍋に水を注ぎ始めた。
「ちょっと、何やってるんですか?」
「お茶いれようと思ってさ。さっき菊花茶いれようって――」
言いながらへなへなとその場にへたり込んだ。
「……言ってたじゃん?」
苦しそうにゼエゼエと息をついている。
「あのお、絶対安静って言われましたよね」
「もしかすると菊の精に呪われてんのかな。さっきから菊花茶をいれようとするたびに具合悪くなる」
「どうでもいいから大人しく寝てて下さいよ」
「自己催眠って言葉知ってる?」
「いいかげんにして下さいよ。どうでもいいから、……」
言いながらムカムカと腹が立って来た。
「大人しく寝てろっつってんだバッキャロー! オラ、戻れよ! オラァ!」
俺はマジ切れしながらか弱い病人を小突きまわして寝台に追い戻した。隊長はすごすごと横になると、俄かに頼りなさそうな表情をした。

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“九十七、秋風五丈原の怪(9)” に2件のコメントがあります

  1. ホッ、棺桶に入ってなくて良かったです(^_^;)
    やっぱり安静にしてないですね。
    口数が多いのは元気な証拠?
    ただパニック待ってるだけ?

    自分の好みで焼き菓子作れるなんて、なんかカッコいいですね。
    まるクルルさんのお子さんは
    「今日はマミーがフロランタンを焼く日だ!」って感じて
    学校から帰ってきてるかもしれませんね!
    私、子供のころは母親の作る紅いもの芋羊羹が美味しいくて好きでした。フロランタンに比べるとオシャレな感じは皆無ですね(笑)

    蜂蜜は黒酢に混ぜた感じだと辛口な味かなと思うので、お肉に利用しても、甘さをそんなに感じなさそうに思います。

    三国志時代の書物を後の時代の人がまとめるなんて、
    中国の人にとっても魅力的な時代だったんでしょうね?

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    • 体調が悪いのを気のせいだと思いたくて普通に動いたようですね。
      口数は、うつの時以外はいつも多いですから、パニくっているのかどうか分かりませんね(^^;)
       
      芋羊羹、おいしそうですね。
      以前、海外文学の翻訳について紹介しているテレビ番組で、「ママのチェリーパイ」を「おふくろのおはぎ」と訳す方法があると聞いたことがあります。
      これは翻案というやり方だそうで、日本人が文化的にも分かりやすい方法で訳していく方法だそうです。
      やった、今日はマミーがチェリーパイを作っている! という感覚と、やった、今日はおふくろがおはぎを作っている! という感覚は、似たようなものだったのかもしれませんね。
       
      「全三国文」は清代に書かれたそうですが、20世紀に入ってからも盧弼という人が「三国志集解」という本を書いています。
      三国志演義を書いたといわれる羅貫中や、演義を現在の形に編集した毛宗崗もきっと三国志マニアでしょうから、三国志は中国の人々の心をとらえてきたと考えてよさそうですね。
      もっとも、中国の人々の心をとらえてきた歴史は他にもたくさんあって、三国志だけが特別なのかどうかは分かりません(笑)

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