九十八、撤収(6)

 通常、将校の集まりなんかに俺は同行せず勝手に行かせておくのだが、今日はなんとなく心配なので、少し経ってから様子を見に行くことにした。もし何かあった場合、黄屯長一人では人手が足りないだろう。俺が着いた時には、ちょうど散会して、三々五々持ち場へ戻って行くところだった。十歩ほど先に隊長と黄屯長の後ろ姿を見つけたが、自分の持ち場へ帰るのとは全然違う方向に向かって歩いている。歩きながら何か話している様子だ。どうしてまっすぐ帰らないのかな。まあ、元気に歩いておしゃべりしているようなら心配はいらないけどさ。
 二人を追跡する。不意に黄屯長が立ち止まり、隊長がなだめるように黄屯長の背中に腕をまわして何やら話しかけている。近付いていくと、話の内容が少しずつ聞こえてきた。
「俺はみんなを無事に漢中かんちゅうに帰したい。それだけだよ」
おっと、意外にまじめな話題だな。ふうん。まあ同じかまめしを食う仲なんだから、俺らを無事に故郷に帰したいと考えてくれているのは当然だろう。
「ここでなにもかも黄さんにお任せしてさ、じゃあ俺は別途ゆっくり帰らせてもらうからみんなはきっちり黄屯長の言うこと聞いてお利口さんにしてるんだぜ、って送り出しても、正直みんなが最後までいい子でいてくれるか分からねえ」
なんだと? 聞き捨てならねえな。
「べつに黄さんの統率力を疑ってるわけじゃないよ。そうじゃなくて、今回は特別難しい事態になるからさ。隊長が俺は行かねえって手抜きするんだったら俺らだってテキトーにやってやるってみんながたるんじまったらまずい。漢中かんちゅうは、兵法で言うところの散地さんちだ。ひとたび故郷に入っちまえばみんな帰心きしんごとしだろ。そんな場所で上の連中がガタガタやってたら、ドサクサに紛れて逃げちまおうと思うのが人情だ」
へえ、……漢中かんちゅうが戦場になるのか。
「でもよお、そういう時に短気を起こしていい目を見ることはない。混乱した時にすぐ逃げちまうような当てにならねえ兵隊だと思われたら、事態がどう転んでも絶対冷や飯を食わされるぜ。どんなことになってもバリッとしてなきゃだめなんだ。だからここはやっぱ多少無理してでも俺はみんなと一緒に行くしかねえと思う。俺が間の抜けた冗談でも言いながらへらへらお供をしていれば、みんなもそうそう動揺することはないだろう。万一途中でどうにかなっちまったとしても、みんながいい子にしてなきゃ隊長が化けて出るっつってたって脅しとけばみんな黄さんの言うこと聞くだろ。だからさ、今ここで早々におさらばするのと、途中まででも一緒に行くのとは、全然違う。俺のこと心配して言ってくれるのはありがたいけどさ。みんなが誰から見てもいい子だと思われるような立派な態度を通してくれて、これから先も誰からも重宝がられて大事にしてもらえるようにするためなら、俺は命も惜しくないよ。なんてね。ギャハハハハ」
ふうん。なんの話だかよく分からないけどさ。俺は思った通りを口にした。
「命は大事ですよ」
黄屯長と隊長は驚いたようにこちらを振り返った。
「せいぜい長生きして欲しいと思ってるんですからね。百まで」

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“九十八、撤収(6)” に2件のコメントがあります

  1. 「命は大事ですよ」
    「………百まで」
    季寧くんがそんなこと言うなんて!?
    黄屯長が十日の業務代行で成長したように、季寧くんも成長したんでしょうね。
    隊長さんと黄屯長の会話の様子から
    状況がかなり厳しいのを、
    肌で感じたんでしょうね!

    関東は雪が降るみたいですね。
    暖房の出番ですね。
    まるクルルさんも体調にお気をつけてお過ごし下さいm(._.)m

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    • 季寧くんはよく「今すぐ死んでくれ」とか「変なことを言い出したら暗殺してやる」とか言っていましたが、それも隊長が元気だから言えたことですね。
      季寧くんが変に優しくなったら、隊長は俺はいよいよ死ぬのかと思ってしまうかもしれません(?)
       
      こちらの雪はまだ降り始めていませんが、夜から降り始めるそうです。
      朝になったら一面の銀世界になっているのかどうか……
      積もっていたら、転ばないように気をつけたいと思います!

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