九十九、強行軍(11)

 クロは陽気でおっとり屋で本当にいい奴だ。慣れない人間がくつわを執りに来ても全く嫌がらない。隊長がクロに乗り始めた頃は、クロはまだ三歳で、ぴょこぴょことしてやんちゃで半ばガキンチョだった。三十そこそこで部曲督ぶきょくとくになって元気一杯動きまわっている新任の隊長の印象とぴったり重なり、大人たちに混じってガキンチョ二人組が働いているようで見るからに可笑しかった。今ようやく二人とも中年になり少しは落ち着いてきて、これからがちょうどよい年頃だろうと思うのだが、そんな矢先に身体を壊すなんて、まったくしょうがないな。
 四度目の小休止で、隊長を馬からたすけ下ろそうとすると、か細い声で
「だめ。一旦下りたら乗れなくなる」
と断られた。

 この四日間、奇跡的な好天に恵まれている。千何百丈という山々を越えるのに、寒波や強風に見舞われたらさぞ難渋したことだろう。幸いなことに、ここまでは秋の行楽気分で爽やかに行軍してきた。しかし今日はこのスカっと晴れた日差しがやけに身体にこたえる。出発して半日も経たないのに、今日一日分の水を飲み干してしまいそうだ。汗をかいているのに体が変に冷えている。どうしたことだろう。今日の行軍は辛くて仕方がない。
 俺一人だけが夜に熟睡できなかったせいでバテているわけではあるまい。みんな明らかに集中力を切らしている。どうしてこんなにくたびれるのか、経験豊富な俺達には分かるんだ。行軍の調子の取り方がいつもと違っているせいだ。小休止はちょくちょく入るのだが、休むたびに疲れが増していく。歩く速さも、これでいいのか誰も確信を持っていない。いつもは何も疑わずに元気いっぱい歌いながら歩くのに、今日は不安感で一杯だ。前を歩いている連中が不審げに後ろを振り返る。隊長の異変に気付き、ざわざわと動揺が広がる。ちらちらと後ろを振り返る人数が増える。こう屯長が
「隊列を乱すな。前向いて歩け」
と怒鳴ると、隊長じゃなくて黄屯長の声が聞こえたことで、逆に動揺が広がり前方がどよどよと騒ぎだした。その時、前方で、わっと悲鳴が上がった。誰か落ちたな、と思った。
 報告が届くまで時差がある。動揺の声が治まった頃、報告に来た奴が黄屯長を通り越して隊長のもとへ来る。と、はっとした様子で黄屯長のところに引き返し、報告をする。
劉允りゅういんが足を滑らせましたが、無事引き上げました」
五人一組で命綱でつながっているから、引き上げられなければいっぺんに五人死ぬ。今回はつながっていることが吉と出たわけだ。

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“九十九、強行軍(11)” に2件のコメントがあります

  1. 低体温症でしょうか?
    行軍がつらいなんて。

    隊長さん、一旦下りたら乗れなくなるなんて、薬の影響だけだと良いのですが……

    五人一組で命綱なんて( 。゚Д゚。)
    怖すぎる。
    落ち着きの無い人とは組みたくないですね。
    危ないときに刃物で綱を切って
    自分だけ助かろうとしたら
    罰がありそうですね(^_^;)

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    • 日射しで体の表面は熱くて汗も出るのに体の中は冷えている感じでしょうか。
      夏バテのようになっているのではないかと思います。
       
      馬に乗る動作はジャンプするとかよじ登るとかの大きな運動なので、元気がないと難しいと思います。
      今日の行軍が終わるまで乗っているしかなさそうです。
       
      五人一組で命綱だったら、幼憲くんとは絶対につながりたくないですね。
      今回落ちそうになったのは違う人でしたが。
      幼憲くんのいるチームは他の四人で幼憲くんを制御する方法を研究したうえで行軍にのぞんでいるかもしれませんね。
       
      命綱を勝手に切るのは許されなさそうですね。
      そういう前例を許してしまうと互いが信頼できなくなるので、逆に事故が増えそうです。
      一人の不注意で五人死ぬという緊張感を持ちながら慎重に歩くほうがいいのではないでしょうか。

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