九十九、強行軍(12)

 隊長と一緒に歩いている時に、一名の落伍者も出ないのがかねがね不思議だった。日頃から歩く練習をしっかりやっているとしても、その日の調子によってどうしてもついていけないとか、不意の故障とか、そういうことが起こるのが普通なんだ。これはどんなに努力をしても絶対に防げないことだと俺は考えているのだが、隊長は妖術使いなのかよほどの強運の持ち主なのか、部下をそういう事態に至らしめたことが一度もない。まったくの奇跡だ。
 俺はそれを全く非現実的なことだと考えていて、呆れつつ小馬鹿にもしていたんだ。しかし、今日隊長の指揮を失いながら行軍するに至って、隊長がいつもその奇跡を達成するためにしていることが少し分かった気がする。軍歌を歌わせての歩度の調整、小休止の時機、飲用水の消費量、そういうところの運用が異常に巧みだったから、俺達は疲れを知らずに歩くことができたのだろう。これは理屈や勉強で会得できるものではないと思う。強行軍大好きだという隊長が、二十五年間歩きに歩いて身に付けた感覚のなせる技なのだろう。
 隊長の無茶振りに俺達が見事応えると、隊長はいつも「スゲエなあ、立派だな」と褒めてくれる。しかし、俺達がスゲエのは、隊長がスゲエからなんじゃないのか。俺達一人一人は本当に凡庸な、なんにもできない根性なしのクズなんだ。無茶振りと見せかけて、決して無茶振りではない。いつも俺達が頑張れるようにやってくれてるんだ。
 薬の副作用がなくなるまでどのくらい時間がかかるのか知らないが、早いとこ復活してもらわなければ俺達のほうがくじけてしまいそうだ。

 日が高く登ると、猛烈な睡魔に襲われた。眠気で意識が飛びそうだ。眼前がチラチラする。足を踏み外したら、転落死。それは仕方ないが、俺は桟道を抜けるまで身を呈して隊長を守るというおのれに課した任務があるから、寝ぼけて一人で先に死ぬなどということはできない。そんな任務を自らに課すなんて、まったく俺らしくない。
 眠い~、眠いよ~、とぶつくさ言いながら歩く。馬上で隊長が小さくうめく声が聞こえた。見ると、隊長は土気色の顔で苦しげな表情をしている。俺は眠気が一気に吹っ飛んだ。
「まさか発作ですか?」
「エエ~、まっさか~。信じねえ」
妙な返事だな。
「具合悪いんだったらさっさと薬飲んだほうがいいですよ」
「エエ~、せっかくちょっと元気出てきたとこなのに」
「元気じゃないでしょ、病気でしょ」
「これいっぱい飲むと気持ち悪くなるから嫌いなんだよ」
「ガキじゃあるまいし、そのくらい我慢して下さいよ」

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“九十九、強行軍(12)” に2件のコメントがあります

  1. 季寧くんが夏バテみたいな感じだと
    隊長さんはもっとキツイ状態かもしれませんね?
    隊長さん、素直に薬を飲めばよいのに?季寧くんも気になって寝不足になっちゃいますよね。

    五人一組にしてるのは、
    緊張感をもつことて
    仲間意識を高める意味も
    あるかもしれませんね。

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    • 隊長がどういう状態かというと、普通に考えて救急車呼ぶくらいの感じかなと思います。
      そもそも李隊長が亡くなった日の夕方に入院したきりまだ退院してないんじゃないかと思います。
      暖かい日に敷地内の中庭を少し歩いたりしてリハビリしている頃ではないでしょうか。
      季寧くんは気苦労が絶えませんね……
       
      元自衛官の人のブログを読むと、訓練などで連帯責任をとることが多そうに見えました。
      そういう方法で訓練されると、仲間の足を引っ張らないように頑張ろうと思ったり、苦しそうな仲間を手助けしようと思ったりするようになりそうですね。
       
      あ、よんよんさん、投稿時間が4:44ですね!

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