九十九、強行軍(13)

隊長がサッと前を向く。と、後ろをちょくちょく振り返っている連中と目が合う。隊長はニコッと笑った。
「後ろ向きながら歩いてると転んじゃうぜ。前向いときな」
前の連中は安心した様子だった。ガキがガキを率いているんだな。隊長はしぶしぶ薬を飲むと、
「ああ~、憂鬱ゆううつだ~。気持ち悪くなるよ~。嫌だよ~」
とぶつくさ言いながら落ち込んでいる。戦場では勇敢なくせに、薬を飲むということに関してはてんで意気地がない。
 日中は比較的調子がいいらしいが、にもかかわらずこんな調子では、明日の朝を無事に迎えられるのか疑問だ。薬飲んだら元気なくなっちゃうっていうことは、この薬が必要になるような人は元気に活動しようとせずおとなしく寝ていなくちゃいけないってことなんじゃなかろうか。
 隊長が寝ていようと思えば、方法は二つある。一つは近隣の協力的な家に投宿すること、もう一つは最後尾の輜重しちょう部隊と一緒に進むこと。荷物と一緒に運んでもらえるだろう。もっとも、最寄りの人里へ行くのも、最後尾の輜重部隊と合流するのも、たっぷり一日はかかるから、ここまで来てしまえば一気に南谷なんこくこうを目指すのが現実的だ。
 どうして病体を押してこんなことをやっているんだかさっぱり分からない。小休止の時にこう屯長をつかまえて質問してみる。
「あのお、今回の強行軍の指揮って、隊長が自分でぜひやりたいって言ってたんですか? 将軍、隊長の病気のこと知ってるんですよね。外そうって考えなかったんですか?」
「これはまあうんの呼吸でな」
「なんですか、それ」
「ケツに火がついてんだもん。隊長がいなけりゃ四日で六百里なんて無理だろ。なるべく早く一兵でも多く秦嶺しんれいを抜けさせたいんだ。将軍だって無理強いはできないが、隊長が断らなければしれっと任せてしまいたいところだろう。隊長だってえて断ることもしないしな」
隊長がいなけりゃ四日で六百里なんて無理。ふうん、やっぱそうなんすね。俺らの力じゃないんだ。お偉い方々はみなさんご存知だったわけか。知らなかったのは俺らだけ。まったく、人を乗せるのが上手いぜ。

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“九十九、強行軍(13)” に2件のコメントがあります

  1. 四日で六百里するために
    隊長さんは必要なんですね……
    体調の良くない隊長さんが
    頑張ってるんだから
    俺たちも頑張らないと!
    的な、兵士を鼓舞させる目的もあるかもしれませんね?

    救急車を呼ぶくらいの感じで
    六百里の行軍なんて
    ヤバイですよね。
    私、何回か救急車で運ばれたことありますが、
    その時の体調で六百里の行軍なんて考えたら、
    死を覚悟しますね(^_^;)

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    • 隊長は死の覚悟はしているでしょうね。
      九十八、撤収(6)で黄屯長とそういう話をしていましたね。
      身の回りの何人かはその状況を理解していますが、ほとんどの隊員はいつも通り普通に行軍しているだけだと思います。
      九十八、撤収(8)では隊長はこんなことを言っていましたが、はたしてどうなることか……
       
      「できない時は死ぬ時だ、なんつってもよお、死ぬまでやりきるってのも言うほど簡単なことじゃねえな。実際は、できなくっても死にもせず、敗北と挫折の積み重ねだよ」

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